(ぷちSS)「伝説のかなでなべ」(FORTUNE ARTERIAL)(悠木 かなで)

「えっと、それでは、かなでさん卒業記念、『おなべ大会』を開催しまーす」
 孝平が開会の挨拶をすると、元気にかなでが立ちあがった。
「いやっほー♪ まさかみんなでこんなイベントを計画してるなんてねー、お姉ちゃんは
うれしくてうれしくて……留年したくなっちゃいます!」
「もう、バカなこと言わないで、お姉ちゃん」
 いつものように、陽菜は苦笑しながら微笑んだ。
 四月に入ってもまだ寒く、以前から計画していた『おなべ大会』は予定通りに開かれた。
 すでに卒業してしまっているので、今更留年なんてできるわけもないのだが、かなでな
らもしかして……と思ってしまうのは、彼女の人となりを知っている人ならではの反応だ
ろう。
 かなでも新しい生活を始めているのだが、しばらくは気軽に会うこともできなくなって
しまうので、快く白鳳寮まで足を運んでくれた。
「今回の食材は、鉄人に頼み込んで調達して来ました。鉄人も悠木先輩のためならと、喜
んで協力してくれましたよ」
 瑛里華はパチリとウィンクする。
「ありがたいことだねぇ〜。今度会ったらお礼を言わないと……って、それはかなり先に
なりそうだから、私の代わりに……きりきりがお礼を言っておいてくれるかな?」
「……ええ。わかったわ」
「あら、ずいぶん素直ね、紅瀬さん」
「最後ぐらいは、ね」
 いつもは渋る桐葉も、今日ばかりは素直らしい。
「それじゃあ、そろそろいい頃合なので、栄光の一番箸をかなでさんに」
「はい。かなで先輩、こちらをどうぞ」
 白が差し出した黄金色の箸を、かなでが受け取った。
「取り皿っす」
「ありがとう、しろちゃんにへーじ。それでは、悠木かなで、いっきまーす!」
 掛け声とともに、黄金色の箸がきらめいた。


「もう……お腹いっぱいだわ……」
「さすがにこれ以上は、限界です」
「もっと辛いほうが好みなのよ」
「こ、これ以上食べると、ダイエットしないといけなくなっちゃうから……」
「後は、任せた……」
 死屍累々。という四字熟語がぴったりの光景が、目の前にあった。
「えー、みんな早いよぉ。お姉ちゃんのお鍋が食べられないって言うの〜?」
 鉄人が用意してくれた食材は、最高級のものばかりだった。そして、それは質だけでは
なく、量においても平均を遥かに上回っていたのだ。
「鉄人、腕前は確かなのに、どうしていつもいつもこんなにたくさん用意するのかしら」
「そりゃ、やっぱり『質より量』ってことなんじゃないか?」
「質がたっぷりなんだから、量はほどほどでいいじゃないのよ! ……うっ」
 突っ込まずにはいられない体質が災いしたのか、瑛里華は顔を青くして崩れ落ちた。
「うーん、えりりんも脱落かー。じゃあ、最後はやっぱりこーへーにがんばってもらうし
かないよね♪」
「あの、かなでさんもがんばってくれないと困りますって」
「わたし、もうお腹いっぱいだもん」
「俺だっていっぱいいっぱいですって!」
「……こーへーは、お姉ちゃんの鍋が食べたくないって言うんだ……」
 俯いた顔を震わせながら、かなでが呟く。
 たとえそれがウソ泣きだろうと、そうでなかろうと。孝平が取るべき選択肢は、いつも
決まっていた。


 数十分後。
 ようやく動けるようになった瑛里華が目にしたのは、きれいにたいらげられたお鍋と、
かなでに膝枕されながら満足そうな微笑を浮かべて眠っている孝平だった。
「あの、悠木先輩。もしかして、支倉くんが残りを全部?」
 にっこりと笑いながら、かなでは言った。


「うん! 伝説の『はい、あ〜ん』とか、『く・ち・う・つ・し』とか奥義を駆使して、
なんとかやっつけることができたよ☆」


「……ごちそうさまでした」
 そう言って、瑛里華は再び崩れ落ちた。
 その年の、新寮生に配られる小冊子のタイトルは「修智館学院109の秘密!」となっ
ており、109番目の秘密のタイトルは「伝説のかなでなべ」になっていた。



 おわり