6週目


「37日目 虫の声と」


 朝と昼間の蝉の声にもようやく慣れてきたのだが、夕方から夜にかけて、少しずつ虫の
声が聞こえてくるようになった。
「もうすぐ秋なんだよね〜。だいぶ涼しくなってきたし」
「そう……だな……」
 ゼハーゼハーと、息を荒げながらも答える俺。
「どうしたの雄一。なんだか虫の息なんだけど」
「どうしたのってな、さっきランニングから帰ってきたばっかりなんだよ……」
「うん、知ってるよ♪」
 シャクっとスイカをかじる美咲。
「どうしてお前が、俺が大切に残しておいたデザートを食べてんの……」
 美咲はにっこりとブイサインを繰り出した。
「何を隠そう、わたしはスイカが大好きなんだよ!」
 そんなことは知ってる。俺はお前のことなら大抵のことは知ってるんだよ。
「だから隠しておいたのに……」
「ふっふっふ。わたしのセンサーに反応したから、しょうがないでしょ」
 さらに一口かじる美咲。
「う〜ん、この甘味がなんともいえずおいしいよね〜。雄一も食べる?」
「ああ」
「はい、あ〜ん♪」
 食べかけのやつじゃなくて、そっちの新しいやつを寄越せっての。ったく、しょうがな
い、めんどくさいしな。
 シャクッ。
「どうどう、おいしいでしょ♪」
 冷やされたスイカの果肉と、たっぷりの果汁が俺の口をいっぱいに満たす。
「うめえ……」
「そうでしょそうでしょ。どんどん食べようね〜」
 笑顔の美咲を見ていると、なんだか細かいことはどうでもよくなってくるな。まあ、ス
イカのうまさにめんじて許してやろう。
「もうすぐ試合だから走ってたんでしょ。いい試合になるといいねっ♪」
「ああ。それにはマネージャーの力も必要だから、美咲もよろしく頼むぞ」
「はーい。それじゃあ、もうひときれ、食べてもいいかな?」
 そんなふうに言われたら、首を縦に振らないわけがなかった。


「38日目 スパートはまだ早い?」


 秋の気配が漂って来ようが、八月は八月以外の何ものでもなく、夏休みは残り少なくなっ
ても夏休み以外の何ものでもない。
 つまり、夏休みなのだから夏休みの宿題をするのは当然なわけで。
 俺、笹塚雄一は今日も夏休みの宿題を片付けているのだった。
「しかし、普通ならとっくに宿題は終わっているペースだと思うんだが、雄一はどうして
まだ終わってないんだ」
「夏休みだからなー」
 ぼんやりと弘明の声に返事を返す。条件反射みたいなもんだ。
「別にいいんじゃないかな。夏休みはまだ終わってないんだし、きちんと休み明けに提出
できれば」
「さすがグッさん。今日も眼鏡が似合ってるね♪」
「雄一君。お世辞はいいから手を動かそうね」
「……はい」
 眼鏡をかけたグッさんは笑っているが、得体の知れない雰囲気に俺の背筋はゾクリ。
「雄一はマイペースだからね〜。最後に泣きついて来ても、宿題を見せちゃだめだよ、香
奈ちゃん。弘明くんもだよ」
「わかってるよ、美咲ちゃん」
「ああ。親友なら当然だよな」
 美咲による俺包囲網は確実に狭くなっていた。
「まあ、雄一がど〜〜〜〜してもって言うなら、条件次第で考えて上げなくもないかもし
れないかも」
 楽しそうに美咲は笑う。いや、お前が何を言ってるかさっぱりわからん。
「お願いします、美咲さん。オラに宿題を見せておくんなましって言うなら、見せてあげ
ると言ってるんだけど」
「んだとコラ!」
 図書館内は恫喝禁止です。


 とは言いながらも、みんなから遅れていることは否定できないが、さすがに俺の宿題も
ゴールが見えてきていた。もちろん、リタイヤというゴールではなく、完走というゴール
である。
 だから、多少だらける時間も取れているのだ。
「そう言えば、次の日曜は雄一君たち試合なんだよね。私たちも応援に行っていいのかな?」
 グッさんの言葉に真っ先に反応したのは美咲だった。
「もっちろん♪ 大歓迎だよ〜。わたしマネージャーとして大活躍するからね!」
「いやいや、メインは俺たちだから! 美咲はオマケだから」
「ひどい! 雄一にとっては、わたしは過去のオンナってことなの?」
「そんなこと言ってないけど」
「心の声が聞こえたもん」
 エスパー能力が開花していた。……間違った方向に。
「えーとな、美咲はオマケはオマケでも大切なオマケで、場合によってはメインよりも重
宝されるぐらいすごいオマケなんだ。だから、安心してくれ」
「そう? ……えへへ、それならいいかな。もう、雄一ったら照れ屋さんなんだから♪」
 やれやれ、機嫌が直ったか。
「雄一君、やさしいよね〜。美咲ちゃんには特に」
「ほんとほんと。見てるこっちはおもしろいからいいけどさ」
 グッさんと弘明には、後できちんと説明する必要がありそうだった。


「でも、それじゃ早めに宿題終わらせちゃったほうがいいんじゃない? 試合前に終わっ
てたほうが、気持ちよく試合に臨めるんじゃないかと思うんだけど」
 グッさんが首を傾げる。
「それもそうなんだけどさ。無理して宿題をやって、無理してバスケの練習時間を増やし
てもよくないかなって思う。もちろん、できる限りのことはやってるつもりだし、全力を
尽くしてるんだけど、それは普段どおりのことをきっちりやったからこそ、発揮できるよ
うな気がするんだ」
「なるほどな。平常心ってことか」
 弘明がしきりに頷いていた。
「そういうこと。だから、スパートはもう少し先。ゆえに、俺は今日もだらだらと宿題を
するのです」
「と言ってますが、いいの、美咲ちゃん?」
「いいんだよ。雄一は昔からマイペースだもん。ええと、なんていうかな……雄一ペース?」
「よくわからんが、まあそんなとこだ」
 なんてことのない雑談だけど、これも俺たちにとっては普段どおりだった。


「39日目 練習は万全」


 試合の日も近づき、練習にも熱が入ってきた。基本練習は二割増だが、練習時間は変わ
らない。つまり、漫然とやっていると試合に向けた練習が出来なくなってしまうので、自
然に俺たちの集中は高まるという寸法だ。
 だって、基本練習なんだぜ?
 今までいやになるほど繰り返してきた基本練習。大切なことは百も承知しているが、ど
うしても試合形式の練習がしたくなるものだ。
 平田先生もそれがわかっているのか、俺たちが何を言っても練習方針を変えようとはし
てくれなかった。
「ようし、集合! 今日の残り時間は……あと二十五分か。五分交代でオフェンス3、ディ
フェンス2のミニゲームだ。シュートを一番多く決めたやつの勝ち。いいな?」
「はい!」
「それじゃ、スタート♪」
 美咲がホイッスルを鳴らすと、俺たちは配置についた。


 二十五分後。俺たちは五人全員がしかばねのようになっていた。
「みんなお疲れ。今日の勝者は笹塚か、明日もがんばれ。それから、負けた四人はもっと
がんばれ。それじゃ、ちゃんと汗の後始末してから帰れよ〜」
「先生お疲れ様でした〜」
 美咲が見送って、平田先生は戻っていった。
「みんなお疲れ様〜。はいタオル♪ ちゃんと拭いて帰らないと、彼女に嫌われちゃうよ」
 などと言いながらタオルを配る美咲を見ていたら、いつのまにか最後の一人になってい
た。
「えと、美咲さん。俺にもタオルを」
 そう言うと、美咲はにっこりと笑って、こう言った。


「拭いてあげる♪」


「いや、自分で拭けるから。な?」
「まあまあ。遠慮しなくてもいいから」
「そういうつもりじゃないんだけどなー」
「彼女に嫌われちゃうよ?」
「彼女なんていないし」
「そうなんだ?」
「そうだけど」
「えへへ〜」
 何がおかしい。


「わたしに嫌われちゃうよ?」


 俺は両手を上げた。持っていたら、白旗を振っているところだな。
 さすがに全身拭いてもらうわけにもいかないので、Tシャツを脱いで上半身ハダカになっ
た。
「お、けっこう筋肉質になってきたかな?」
「どうだろう。自分ではよくわからないけど」
「毎日雄一のハダカを見ているわたしが言うんだから、間違いないよ♪」
「見てないだろ」
「ふふふ、雄一が知らないだけかもね〜」
 鼻歌交じりに俺の身体を拭いていく美咲。ウソだろうがホントだろうが、美咲に見られ
ても減るもんじゃないから平気だけど。


「40日目 2日前にできること」


「ようし、これが最後の練習だ。各自シューティング50本。ショート、ミドル、ロング
レンジの3種類だ。やりたいやつは、超ロングレンジも10本だけ許可する。はじめ!」
 俺たちはひたすらシュートを打ち続ける。入ろうが入るまいが、関係なく50本。適当
に流したいやつにはラクな練習だが、そんなやつはいやしない。1本1本全力で、尚且つ
集中を切らさず、誰よりも高い成功率を目指して、俺たちは打ち続けた。


 最後の最後、ひたすら外しまくった超ロングレンジのシュートだが、
「雄一、いっけえ!」
 という美咲の声とともに放ったシュートは、長い滞空時間とゴールネットが奏でるきれ
いな音を俺たちの耳に届けてくれた。
「ほほう、やるじゃないか笹塚。試合でもラストのシュートはお前にかかってるぞ。いや、
舞阪にかかってるのかもな」
 わっはっはと豪快に笑う先生につられて、俺たちは笑った。これで、長かった夏休みの
練習も終わりだからだ。
「明日は休養日だから、ゆっくり休んで、明後日の正午に集合だ。試合開始は2時だが、
お前たちはホストだから、相手を迎える準備をしなくちゃならないからな。と言っても、
せいぜい椅子を並べるぐらいだがな」
 言いながら、先生は俺たちの身体に順番に触っていく。最初はスキンシップの多い先生
だなと思っていたけど、実は身体におかしなところがないかチェックしているらしいとい
うことに気づいたのは数日前だったりする。
「それじゃあ解散。気をつけて帰るように」
 先生は言いたいことだけ言うと、さっさと帰っていった。


「う〜ん、あっという間だったなあ」
 お盆休みが明けてから、先生の指導による練習になって、明後日にはもう試合だ。
「夏休みもあっという間だったね〜」
 お盆休みこそ旅行に出かけていたけど、それ以外は練習と宿題の繰り返しだったような
気がする。
「でも、楽しかったよね♪」
 ポニーテールを弾ませながら、美咲が笑う。
 そう。楽しかったのだ。単調な毎日かもしれないけど、一日として同じ日はなくて。
 しいて言うなら、毎日が単調で、それでも特別な日だった。夏休みとは不思議な日の集
まりでできているのかもしれないな。


「でもね、まだまだ楽しいことは待ってるよ♪」


 そう言って、美咲は俺の手を取って駆け出した。
「明日はお休みだけど、今日はまだまだこれからだもん。夕ご飯まではいっぱい遊ぼうね」
 どうやら、練習の締めは美咲に付き合うことらしい。
「それじゃ、弘明とグッさんも呼んでみるか?」
「うん、そうしよそうしよ!」
 楽しいことは、みんなで共有しなくちゃもったいないからな。


「41日目 1日前にしなくてもいいこと」


 ガサゴソという音が、わずかに聞こえている。耳に届くか届かないかというかすかな音
なので、気にしなければいいだけの話なのだが、一度気になってしまうともうダメだった。
 ゆっくりとまぶたを開くと、部屋の明るさから七時過ぎぐらいだと思った。
 普段よりは遅い時間だが、今日は部活は休みだし、他の用事も特にないから問題はない。
「あ、起こしちゃったかな」
 ……訂正、問題はあった。
「ああ、起こされた」
 隣に住んでいる、幼なじみの少女。元気が何よりの取り柄で、ポニーテールがよく似合
う女の子。舞阪美咲が、俺の部屋で何かをやっていた。
「よかったねぇ〜。かわいい幼なじみに起こしてもらえるのは、男の子にとって百八つあ
る幸せのうちのひとつなんでしょ?」
 どこからそんな情報を仕入れてくるんだろうか。つーか、それだと幼なじみのいない男
は最初から幸せの数が少ないことになると思うがな。
「あんまり幸せとは言えないけどな。まあ、一応お礼を言っておくか」
「いえいえ、どういたしまして♪」
「まだ言ってないし。……えーと、サンキュな。んで、美咲さんは何をやっているのでしょ
うか」
 丁寧語で質問してみる。


「雄一の部屋の大そうじ☆」


 いや、んな満面の笑顔で言われてもなー……。
「別に今日やらなくたっていいだろ。そもそも大掃除なんて年末にやるから大掃除になる
わけでさ。普通の日にやるのは大掃除とは言わないぞ」
「それじゃあ何て言うの?」
「……さあ?」
 思いつかなかった。まー、どーでもいーしなー……。
「それよりも、俺としてはもう一眠りしたいんだけど。せっかく部活休みなんだし」
「いいよ♪ どうぞどうぞ」
 ニコニコ美咲さん。その場から動こうとしない。
 俺は、言外に掃除をやめてくれと言っているつもりだが、どうやら伝わっていない。
 じいっと美咲を見つめてみると、向こうも微笑み返してきた。
「あのな美咲」
「あ、そういうことか。わたしとしたことが察しが悪かったね、ごめんなさい」
「あ、わかってくれたらいいんだ」
 さすがは幼なじみ。アイコンタクトが通じたようだ。


「添い寝してあげればいいんだね。はい、どうぞ♪」


 ぽむぽむと掛け布団を叩いて、俺を誘ってくれる美咲。
 なんだろう、微妙に通じているような通じていないような……。まあいいや。
 めんどうだったので、そのまま添い寝してもらった。


 これは余談だが、後で部屋にやってきた麻美さんによると、俺と一緒に美咲も眠ってし
まっていたらしい。
「ふたりとも、可愛い寝顔だったわよ♪」
 と、麻美さんはご満悦だった。


「42日目 ラスト・シュート」


 空は高く、青く澄み渡っていた。
「絶好の試合日和だね〜♪」
 ほにゃりと美咲が呟く。
「ああ、いい天気だ」
 バスケットの試合は屋内なので、天候はそんなに関係ないのだが、やっぱり気分の問題
である。
「もう少し寝ててもよかったんだよ?」
 隣で美咲が言うが、それはこっちのセリフでもある。
「大切なのは、いつもどおり。だから、これでいいんだ」
「そっか。それじゃ、おはようのチューもしないとだね♪」
 えへへ、と美咲が笑う。……そんなのしたことないよな?


 学校に着くと、すでにみんな集まっていた。
「ちょ、お前ら早すぎだろ」
「笹塚たちが遅い、と言いたいが、まだ時間前だからな。確かに俺たちはみんな早すぎだ」
 珍しく中村が冗舌だった。それだけで、彼の意気込みがわかる。
「そんじゃ、軽く練習しようか。緊張して試合にならなかったら、せっかくうちまで来て
くれる相手に申し訳ないしな」
 身体を動かしていれば、強張っている身体も心もほぐれるだろう。


「お、みんな集まってるな。それじゃ会場設営だ。使うのはAコートだから、そのまわりに
椅子を並べてくれ」
「はい!!」
 それほど数が多いわけではないので、設営自体はすぐに終わった。
「笹塚」
「はい、なんですか先生」
「することがないなら、肩でも揉んでくれないか」
「……」
「こう見えても、私は着やせするタイプなんだ」
 聞いてないよ!


「なんだか試合前にぐったりだ」
「まあまあ。平田先生は胸が大きいからね。きっと肩凝りなんだよ」
 いや、あれはセクハラだろう。
「で、先生の揉み心地はどうだったの?」
 どうと言われてもな、肩だし。
「わたしよりもおっきかった?」
 知らないよ!


「お、やっと来たな。それじゃ私は挨拶してくるから、みんなは練習続けてくれ」
 平田先生が出迎えに行った。なんだか相手の先生とやけに親しげなんだが、知り合いな
のかな。
「後輩だって言ってたよ。あいつは私の妹なんだーとか」
「妹?」
 後輩で妹? そりゃ妹は後輩に違いないだろうけど。
「そうじゃなくて。先生の通ってたのはお嬢様学校で、妹みたいに可愛がってる後輩って
意味なんだよ」
「よくわからん」
 やっぱり先生はレ…だったんだろうか。ま、人の趣味をとやかく言うまい。


 いよいよ試合が始まった。最初こそ地の利がある俺たちがリードしていたが、半ばを過
ぎると徐々に押され始めた。
「くっ……」
 わかってはいたが、足が止まり始めた。気持ちはついていけても、身体が動かないのだ。
 オフェンスはともかく、ディフェンスはところどころ綻びを見せ始めた。
 だが、苦しいのはみんな一緒だ。


 そして、ラスト5秒。中村からのパスが、ディフェンスの隙間を通り抜けて俺に届いた。
「打て、笹塚!」
 言われるまでもない!
 反射神経が反応するように、毎日の練習で叩き込んできたシュート動作を取ると、
「雄一、いっけええええええええええ!!!!!!!」
 という美咲の声と共にシュートを放った。
 ボールはきれいな放物線を描いて、ゴールネットに吸い込まれた。


「43日目 終わらない夏と……」


 全力を使い果たした練習試合が終わり、昨日は家に帰ってきて部屋に入った途端、猛烈
な睡魔に屈服した。夜中に暑さで目が覚めて、シャワーを浴びて身体を冷やしてからエア
コンのタイマーをセットして再び眠りについた。
 これでゆっくり眠れる。
 と思っていたのだが、強力な目覚ましを解除するのを忘れていたことに気がついたのは、
5分ほど前のことだった。


「おっはよっ♪ 雄一っ」
 という元気な声で、掛け布団がひっぺがされた。
「きゃあああああっ♪」
 少し嬉しそうな悲鳴と共に、掛け布団が返された。
「どどど、どうしてハダカで寝てるのよ?」
「……気持ちいいからな」
「ヘンタイさんだ、雄一がヘンタイさんだよっ!」
 朝も早くからテンションが高いのは、やはり美咲だった。ポニーテールの似合う元気全
開少女。この強力目覚ましは、解除不能だと言うことを完全に失念していた。


「それはいいとして、なんでおまえはここにいる」
「雄一を起こしに来ましたよ?」
「なんで疑問形なんだ」
「そういう年頃なんだよ、きっと」
「そうか」
「うん♪」
 こんなことで疲れてはいられないので、俺はさっさと起きることにした。
「……わくわく」
 わくわくとか言うな。
「えーとな、出て行ってくれると嬉しいんだけど」
「えー」
 えーじゃない。
「びー」
 びーでもない。
「ふらいー」
「……」
「今日のおかずはエビフライだからねっ。早く着替えてきてね〜」
 美咲はどたどたと階段を下りていった。まったく騒がしいヤツだ。


「よーし、今日はちょっと早いがこれで終わりだ。まだ昨日の試合疲れが残ってるだろう
しな。それに今日で夏休みも終わりだから、いろいろやりたいこともあるだろ」
 平田先生の言葉に従って、夏休み最後の部活は終了となった。
 確かに、少し身体の動きは鈍いような気がする。
 試合は、残念ながら俺たちの負け。それもけっこうな大差がついていた。しかし、俺た
ちは最後まであきらめなかった。だって、試合の時間は決められているのに、俺たちがあ
きらめちまったらすぐに終わっちゃうだろ。
 試合には負けちまったが、練習の成果はちゃんと出ていたように思う。最後のシュート
も、見事に決まったしな。まあ、あれは美咲のおかげでもあるけど。


「美咲。昨日はサンキュな」
 靴を履きながら言うと、美咲は首を傾げた。トレードマークのポニーテールがぴょこん
と揺れる。
「なんのこと?」
「ほら、いっぱい応援してくれただろ」
「それは当然だよ。マネージャーだもん」
「それだけか?」
「……それだけっ」
 珍しく、顔を赤くしていた。まあ追求することでもないか。
「お礼に、美咲のお願いをひとつ聞いてやろう」
「え、ほんと!」
「俺に二言はない……。まあ、金のかかることは聞こえないけどな」
「かっこ悪いセリフだね。でも、雄一らしいかな?」
 あははっと美咲が笑う。


「それじゃあね、プールに行こう!」


 どうやら、夏はまだまだ終わらないらしい。


つづく