(FORTUNE ARTERIAL ぷちSS)

 せっかくの夏休みだというのに、学院に通わなければならないというのは、

生徒会とは不思議な組織だな、と言ったら、瑛里華は苦笑した。

「しょうがないわよ。仕事がたまってるんだから」

 伊織のやつは、毎年遊びほうけていたようだがな、と言ったら、瑛里華は

拳を握り締めた。

「だから、今年も遊びほうけているのね……」

 まあ、よいではないか。お前には頼れる副会長がいるのだから、と言ったら、

瑛里華は顔を真っ赤にした。

「そ、それはそうだけど//////」

 まったく、わかりやすい娘だ。

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 というわけで、瑛里華は今日も監督生棟に行っている。生徒会長と

しては正しいのかもしれないがな。

「で、暇だから私を呼んだという訳ね」

 桐葉がにらみつけている。

「何か文句があるなら言ってみろ」

「言っても聞かないでしょう?」

「そんなことはないぞ。親友の言葉は大事だからな」

「それ、千堂さんに言われたのかしら」

 その質問には答えずに、生ぬるい空気をうちわで撹拌した。

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「うおおおおおお〜ん、うおおおおおお〜ん」

 いきなりやってきて騒々しく泣き出したのは、息子の伊織だった。

 やかましいので仕方なく、どうかしたのかと聞いてやる。

「俺の、俺のゲームがっ……!!」

 と言ったきり、うつむいて肩を震わせる。

 やれやれ、お前のゲームではないだろうに、とは思ったが今日だけは

特別に頭を撫でてやることにした。

 これでも、母親なのだ。

「……ありがとう、ママン」

 ママンって言うな!

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「へ〜、いおりんらしいね」

 陽菜の姉、かなでがそう言ったのを聞いて、あたしは嬉しかった。

「お前、よくわかっているな」

「お前、じゃないでしょ、かやにゃん?」

 かやにゃんも間違っているだろう!

「まー、これでもいおりんとは長い付き合いだからねー」

 学院で過ごした時間、だろう。ふたりが男女の関係だということは

誰からも聞いていないからな。

「らしいと言えばらしいが、要するにただの子どもなのだ。あやつは」

「でも、それがかやにゃんは嬉しいんでしょ♪」

 別に嬉しくはない、嬉しくはないのだが。

「ありがとう、……かなで」

 そう言っておいた。かなでは一番の笑顔になった。

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 屋敷にこもってばかりもおもしろくないので、散歩がてら学院まで

行ってみる事にした。

 瑛里華がプレゼントしてくれた日傘をさし、のんびりと歩く。

 猛暑というほどではないが、人間にとってはたまらない暑さなのだろう、

住宅街とはいえ、人影はまったく見えない。

「そもそも、吸血鬼のほうが太陽は天敵らしいのだがな」

 物語の中の吸血鬼なら、あっという間に灰になってしまうのだろう。

 だが、我々にとっては、何の問題もない。

 からん、ころん、と歩いていたら、修智館学院の正門が見えてきた。

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「あれ、伽耶様ですか?」

 振り向くと、白がうさぎを抱きかかえて立っていた。

「白か。……その格好は?」

 確か、ローレル・リングとか言ったか、その制服のようだ。

「今日はローレル・リングの活動日なんですけど、また雪丸が逃げ出して

しまって」

 そう言いながらも、白の目はやさしそうに雪丸とやらにそそがれている。

「たまには、ほうっておいてもよいのではないか。いつも白ばかり追い

かけるのは不公平であろうに」

 いつも、桐葉に追いかけさせていたあたしが言えることではないがな。

「そうですね。でも、雪丸に追いかけられるのは、なんだかおかしな

気持ちになります」

 やってみなければわかるまい。

 白と別れ、あたしは学院内を散策することにした。

 太陽は変わらず、ぎらぎらと照りつけていた。

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 食堂棟までやってきた。何人か生徒とすれ違いはしたが、夏休み期間中

だからだろう、こちらを見ても特に気にするそぶりは見えない。

「ここらで一息入れるとするか」

 休み中とは言っても、寮内に残っている生徒もいるので、食堂は開放

されている。

 扉を開けて食堂内に入ると、心地よい空気が身体を包むのがわかった。

 吸血鬼と言えど、暑いものは暑いのだ。

 購買部で飲み物を手に入れると、あたしは隅のテーブルを目指した。

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 陽射しを避け、冷たい飲み物を口に含む。

 ……ふぅ、冷やした血液には及ばぬが、これも悪くないな。

 『お姉ちゃんの特濃緑茶』か。誰の姉なのだろうな?

「あれ、もしかして伽耶さんですか?」

 先ほども似たような問いかけを聞いたような気がするが……、既視感では

ないな。

「陽菜か。よくわかったな」

「わかりますよ〜、その着物をお召しになっているんですから」

 瑛里華の親友、悠木陽菜だった。

「あ、特濃緑茶ですね。私もお気に入りなんですよ」

 と言って、陽菜はカバンから同じものを取り出してみせた。

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「陽菜は、瑛里華と同じく紅茶派だと思っていたが」

「確かに紅茶も好きですけど、美味しいものはなんだって好きですよ」

 やわらかく微笑む陽菜は、おいしそうに特濃緑茶を飲んでいた。

「ふむ、確かにな」

 まだまだ知らないことはいろいろあるようだ。

「では、またな」

 あたしは飲み終えた缶を持ち、席を立つ。

「あ、よかったらご案内しましょうか?」

「いや、今日はひとりで歩きたい気分なのだ。また、今度な」

「そうですか。わかりました。では、また」

 陽菜に手を振り、あたしは食堂をあとにした。

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 食堂棟からグラウンドへと向かった。夏休み中ではあるが活動している

部もあるようで、生徒の元気な声が聞こえてくる。

 以前なら、この暑いのに酔狂なことだ、と思っていただろうが、今は

違う。まさか、こんな風に考える日が来るとはな。

 彼ら、彼女らは輝いている。あたしには、ちょっと眩しい。

「さて、そろそろ行くか」

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 涼を求めて、グラウンドからプールへ移動した。

 生徒たちがいるようだが、少しぐらいはいいだろう。と思っていたが。

「うわっははは!」

 と、アホみたいな声を上げながら泳いでいる前生徒会長を見つけてしまい、

頭痛と怒りで涼を求めることは出来そうになかった。

「お、母上様じゃないか。どうだい、一緒に泳がないか☆」

 キラリと歯を輝かせながら、戯言をのたまう馬鹿息子。

 なんで、あたしがお前と泳がないといけないのだ。

「まあまあ、そう言わないで。ざばーんと飛び込んでみようじゃないか!」

 こ、こらっ、引っ張るな!!

 程なくして、ざばーんという音と、星になって飛んでいく伊織が学院中の

生徒に観測された。……はっくしゅん。

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「ほら、タオル。って言うか、まずは着替えないといけないわよね。

替えの服あったかしら……」

 飛んでいく伊織に気づき、プールまでやってきた瑛里華がタオルで

がしがしと髪の毛の水分を取っていく。

「ふん。そんなもの無くとも、この暑さだ、すぐに乾くだろうよ」

「そんなわけにはいかないでしょう。たとえそうでも、それまでびしょ

濡れのままでいるつもりなの?」

 ……おのれ、伊織め。

 折檻の手段を考えていると、

「あ、えりちゃん。今ね、千堂先輩が……って、伽耶さん?」

 陽菜がやってきて、あたしの格好を見て驚いていた。

「あ、陽菜ちゃん。ちょうどよかった。もし、着替えられるような服を

持っていたら貸して貰えないかしら」

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 こ、こらっ、やめろ瑛里華。あたしにはこのような服は似合わぬと……。

 は、陽菜も笑ってないで、って、手伝おうとするなっ!

「あはは、とってもお似合いですよ、伽耶さん」

「そうよ、母さま。可愛いかわいいメイドさんのできあがりね♪」

 お、覚えておれよ、ふたりとも……。

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「お、おかえりなさいませ。支倉さま!」

 ううっ、このあたしともあろうものが、どうしてこんな辱めを……

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「えっと、これはどういう状況なんだ?」

 支倉が面食らっているのも無理はない。監督生室には、会長である瑛里華、

会計である白以外には、ごくまれに桐葉がいる風景が当然だ。

 なのに、今日は瑛里華も白も、桐葉ももちろんおらず、いるのは美化委員会の

プリム服に身を包んだ陽菜と、美化委員会のプリム服に身を包んだあたしなのだ。

「あのね、えりちゃんは外出する用事があるみたいで、それで私たちが」

 陽菜が支倉に説明する。

「はあ。まあいっか。えと、お茶でも淹れましょうか?」

 ちらりとこちらを見た支倉がそう言った。

「いや、それにはおよばぬ。それよりも仕事を進めておくように、と瑛里華が

言っていたぞ」

「うん。それで、伽耶さんを会長代理に、私をお茶くみに任命していったの、えりちゃん」

 おのれ、瑛里華め。

「なるほど。じゃあ、とりあえず伽耶さんは会長の席に座ってください。陽菜は、お茶を

淹れてもらってもいいかな?」

「わかりました♪」

 陽菜はなぜかうれしそうに給湯室に向かった。しかたないので、あたしも瑛里華の

椅子に座ることにした。

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 最初は不満だけだった会長代理業務だが、やってみるとこれが意外にも

あたしに合っているような気がする。



「書類を読んで、納得したら判を押せばよいのだな?」

「ええ。気になるところがあったら、呼んで下さい。俺も一緒に確認

しますので」

「その時は、陽菜にも見てもらったほうがいいのではないか。人数が多い

ほうが、よりよい回答が生まれると思うのだが」

「……そうですね。会長ならひとりでも問題ないんですが、今回は特別

ですし。陽菜も、手伝ってくれるか?」

「了解です♪」



 ということではじまったのだが、他人と意見を交わして結論を導くという

ことは、あたしにとっては新鮮なことだった。

 ひとりなら、独断するしかないのだが、複数ならそれぞれの意見がある。

 その分、手間はかかるが、手間をかけた分、納得いく答えが生まれる。

 急がばまわれとは、よく言ったものだな。

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「ちょっと休憩しましょうか」

 仕事をはじめてどれぐらい経ったのか、支倉の言葉で窓からの光の

色が変わっていた。

「あ、それじゃあお茶淹れるね」

 陽菜がそう言って給湯室に向かうのを見て、

「いや、あたしがやろう」

 と言った。

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 誰かのために茶を淹れる、か。いつ以来のことだろうな。記憶には無いが、

おそらく子どもの頃に……。

「待たせたな」

 準備をして部屋に戻ると、陽菜が微笑んでいた。……なんだ、この迫力は。

「お、お待たせしました。……で、いいのか?」

 そうですよと微笑む陽菜。まったく、これでもあたしは会長代理なのだぞ。

「すみません、伽耶さん」

 なぜか謝る支倉。

「いや、たまにはな。……お気になさらないでください、だな」

 せっかくなので、メイドの勉強をしたらいいんじゃない、という瑛里華の

言葉に陽菜が賛成してしまったので、このようなことになっているのだ。

 ま、これも悪くはない、のだろう。

「さあ、支倉さま。冷たい内にどうぞ」

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「……すごく、おいしいです。ちょっとびっくりしました」

 ふふふ、そうだろうそうだろう、このあたしが淹れたのだからな。

 という気持ちはおくびにも出さずに、あたしはこう言った。

「ありがとうございます。ご主人さま♪」

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「ただいま〜、って母様がお茶を淹れてるーーー!!?」

 瑛里華が帰ってくるやいなや、見事なノリツッコミを披露していた。

「騒々しい娘だな、お前は。しかたがないので、あたしがお茶を淹れて

やろう。座って待っておれ」

「あ、うん。……って、母様につっこまれたーー?」

 本当に騒がしいやつだ。



「あ、おいしいわね……」

 ようやく落ち着いたのだろう、普段の瑛里華に戻っていた。

「ありがとうございます、お嬢様♪」

 どういうわけか、褒められると素直に言葉がでてくるものだな。

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「あ、お袋さま。俺にもお茶を淹れてくれ」

「ああ。……って、なぜお前がここにいる、伊織!」

 星になったのではなかったのか。

「ちっちっち。俺を誰だと思っているんだい。瑛里華に星にされ続けていることで、

耐久力が上がっているんだよ」

 あまり威張れることではないと思うが……。

「兄さん、それ全然カッコいいセリフじゃないから」

 ばっさり瑛里華に切り捨てられ、落ち込む伊織だった。まったく、こやつは

変わらぬな。

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 やれやれ、まあ、たまにはよいか。

「ほら、冷めぬうちに飲むが良い」

「お、悪いねぇ〜って、これホットじゃないかYO!」

 せっかく淹れたお茶を飲む前に派手なリアクションを取る伊織。

「冷たい飲み物の取りすぎは身体によくないのだ。母の気遣いがお前には

わからぬのか?」

「俺にはイヤガラセにしか思えないけどね〜」

 と言いつつも、伊織はお茶を一気に飲み干した。

「お、いい飲みっぷりだ。もう一杯やろう」

「やめて! 伊織さんのライフはもうゼロよ!!」

 わけのわからないことを叫ぶ馬鹿息子だった。

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「ところで、なんでおふくろ様はそんな格好をしているんだい?」

 ……なん、だ、と?

「兄さんのせいでしょう。まったく、陽菜ちゃんがいてよかったわ」

「あはは、わたしは服を用意しただけで、たいしたことはしてないよ」

 いつもどおりに、陽菜は笑う。

「そうだったのか、ありがとう悠木妹。俺が母に代わって礼を言おう」

「その必要はないわ! ……と、そう言えばまだ礼を言っていなかったな。

助かったぞ、陽菜。ありがとう」

「どういたしまして。伽耶さんのお気に召したようで、よかったです♪」

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「さっすが、わたしのヨメ!」

 どこからともなく現れたちんまいのが、陽菜に抱きついた。

「なんだい、かやにゃん? わたしのヨメがうらやましいですかにゃ?」

 誰がかやにゃんだ。

「しかし、ひとつ足りないものがあることに、諸君たちは気づいていない!」

 びしいっと支倉を指差すかなで。

「なんですか、かなでさん?」

「それは、……これです!」

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 かなでは、取り出したソレを装着した。

「……えっと、それは?」

「かなでねこだにゃん!」

 何を言っておるのだ、こやつは。

「お姉ちゃん、どうしたの、そのネコミミ?」

「あ、ひなにゃん。ひなにゃんもこれを着けるんだにゃん♪」

「わ、私はいいよぉ〜」

「それじゃあ……にゃん♪」

 こちらを見たかなでは、猛烈な速さでソレをあたしの頭に着けた!

「な、なにをするにゃん! ……にゃ?」

「にゃっふっふ。かやにゃんにゃんの誕生だにゃー♪」

 だ、誰がかやにゃんにゃんだにゃん!

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 ひとしきり騒いで、あたしはネコミミを外した。

「そろそろよかろう、瑛里華も戻ったことだしな」

「あ、うん。母様、助かったわ」

 あたしは頷くと、監督生室を出た。

 陽射しはまだまだ陰りを見せることなく、肌をじりじりと焼いてゆく。

 噴水の側まで来たが涼しくはならず、あたしは上を見上げた。

「礼拝堂、か」

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 夏休み期間中ということもあるだろうが、礼拝堂の周りは人の気配がほとんど

感じられなかった。実際の宗教施設ではないはずだが、礼拝堂という名に恥じない

程度の厳かさ、のような空気が漂っているのかもしれない。

 などと、あたしらしくもない感想を抱いた。

 その時、視界の隅に白いものが映った。

 あたしは反射的にそれを捕まえた。……うさぎ?

「確か、……雪丸といったか」

 白が話していたことが思い出される。ローレル・リングの活動のひとつで、

うさぎを飼っていると嬉しそうに話していたな……。

「戻してやるか」

 あたしは礼拝堂の裏手に足を向けた。

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 そこには、からっぽの小屋があった。以前はどうか知らないが、少なくとも

今はこやつしかいないのだろう。

 小屋の中はきれいに掃除されており、雪丸が大切にされていることが伝わってくる

ようだった。

 さて、中に入れてやろうとしたが、扉の鍵は閉まっている。

「おい、お前はどこから出てきたのだ」

「?」

 言葉がわかるわけではないのだろうが、首を傾げ、その長い耳も傾ける雪丸

 やれやれ、どうしたものか。

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雪丸〜、ごはんですよ〜……あ、伽耶様?」

 白の声が聞こえたので振り向くと、白がエサを持って立っていた。こちらを

凝視している。正確には、あたしの手の中の物体を。

「あの、伽耶様。どうして雪丸を?」

「こやつが、たまたま目に止まったのでな、反射的に捕まえてしまった。

……誤解するなよ、捕まえたのは礼拝堂の前だったのだ」

 それを聞いた途端、明らかに白は安堵していた。

「ありがとうございます、伽耶様」

「いや、たいしたことはしておらぬ。……桐葉でなくてよかったな」

「そ、そうですね……」

 冗談のつもりだったが、白はぎこちない笑みを浮かべただけだった。むう。

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 白に雪丸を渡し、あたしは礼拝堂を後に……しようとして、立ち止まる。

 たまには、入ってみるか。

 今日は普段とは違うことばかりだからな。

 重い扉を開けて中に入ると、シスター天池が掃除をしている最中だった。

「あら、千堂さんのお母様ですね」

「ああ。……邪魔をしてしまったか」

「いえ、そんなことは。何か御用事でも?」

「いや、少し寄ってみただけで、特に用事はないのだ」

「そうですか。……あの、もしよければお茶でもいかがですか」

「そうだな。それでは、いただくとしよう」

 本当に、普段とは違うことばかりだな。

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 扉を開けて外に出た。少しぐらいの休憩では太陽の活動時間をまぬがれる

こともなく、セミの声が暑さを拡張して伝えてくる。

 先ほど飲んだばかりのお茶も、体内から蒸発するのではないかと思える。

「まったく、いつまで続くのであろうな」

「……さあ、考えたくも無いわね」

 隣には、音も立てずに桐葉が立っていた。

「遅かったではないか」

「……着替えるのに手間がかかったのよ。それにしても、どういう風の

ふきまわしなのかしら」

「ふ、たまにはよいだろう」

「……水泳は楽しかった?」

 なぜ知っている!

「ふふふ、まあいいわ。主と一緒の服装というのも、悪くない」

 あたしと桐葉は、おそろいのメイド服を着て歩き出す。

 夏はまだ終わらない。終わるのは、おそらくもう少し先だろう。

「桐葉」

「なあに、伽耶?」

「……落ち着いたら、旅にでも出ないか」



おわり

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