5週目

「29日目 後半戦スタート!」


 波乱万丈だった一週間もあっという間に過ぎて、通常の日常が戻ってきた。とは言って
も、夏休みはまだまだ後半戦が始まったばかりで、暑い夏はいつ終わるのか予想すら出来
ないのだけど。
「おっはよう、雄一! さあ、今日も部活がんばろうね♪」
「おう、もちろんだ」
 美咲は相変わらず元気だ。周りにも元気を振りまいてくれる美咲は、俺たちの部活にとっ
て欠かせない存在だ。まあ、本人にはナイショだけどな。
「どうしたの、雄一。可愛いわたしの顔に何かついてるかな?」
「……ごはんつぶ」
「ええっ? ……ってそんなわけないでしょ。今日の朝は食パンだったんだもん」
「でも、昨日の夜はごはんだったろ」
「ちょ、ちょっと待っててっ。すぐに戻ってくるから!」
 大慌てで家に戻る美咲を見送って、俺は歩き出した。だって、そうしないと戻ってきた
美咲に怒られちまうからな。
 冗談でもいちいち反応してくれるんだよな、美咲は。


「ようし、それじゃ今日の練習はこれまで!」
「ありがとうございましたー!!」
 平田先生の号令で、今日の練習は終了となった。
 お盆休みが明けてからの最初の練習日。ようやくバスケ部顧問の平田先生が指導に入っ
てくれるようになった。
 初心者集団の俺たちに教えるのはつまらないのかと思っていたが、先生は意外にも熱心
に指導してくれた。何せ、普段の先生はとにかくやる気が感じられず、グラウンドでの体
育の授業ならともかく、教室の講義になるとひたすら手を抜きまくるのだ。
 そんな先生だから、専門外の部活(先生はソフトボール出身らしい)はどうなんだろう
と不安だったのだが、それは取り越し苦労だったようだ。
「おーい、笹塚ー」
 平田先生が呼んでいるので、俺は先生の下に駆け寄った。
「なんですか?」
「実はな、夏休みの最後に練習試合を組んだんだ。まだお前たちには早いかもしれないが、
試合経験を積むのは悪いことじゃないしな。どうだ?」
 と言われても、俺たちに断る理由はない。
「そうですね。どこまで通用するかわかりませんけど、やれることをやるだけですよ」
「よし。それじゃあ相手先に正式に連絡しておこう。明日からは試合向けの練習も始める
から、気合を入れろよ?」
「はい!」
 先生に背中を強く叩かれたが、痛みを感じるよりも注入された気合が熱かった。


「へ〜、試合やるんだ?」
 その日の帰り道。俺は先生から聞いたことを美咲に話した。
「これは、美人マネージャーさんとしてももっともっとがんばらないとね!」
 美人はどうでもいいけどな。
「ぶっ倒れるまでがんばってもいいよ。美咲ちゃんのマッサージで雄一を元気いっぱいに
してあげるんだから♪」
「いや、それは遠慮しておきたい」
 だって、なあ。


「え〜。平田先生にも言われてるんだよ。『笹塚はマッサージしてやると元気になる』っ
て。雄一、平田先生にマッサージしてもらったことあるんでしょ?」


 ……あの、セクハラ教師め。
 確かに、一度やってもらったことはある。マッサージの腕前は確かだったが、必要以上
に胸を押し付けてきたり、耳元に息を吹きかけてくるのだ。
 健全な男子たるもの、それで元気にならないわけがなかった。
「こほん。マッサージはともかく、試合に負けないようにがんばらないとな」
 俺が言うと、美咲は首を振った。トレードマークのポニーテールが揺れる。


「あのね、試合に勝てるようにがんばるんだよ、雄一☆」
 美咲は笑顔全開でブイサインをしたのだった。


「30日目 熱しすぎにご注意」


 ゆらゆらと視界が揺れている。夏にありがちな光景だ。あまりの暑さに、地中の水分が
蒸発して水蒸気になっているのだろう。
「俺の水分も、蒸発しているんだろうなあ……」
 ぶっ倒れたまま、虚ろな目で呟く。
「雄一、そんなところで寝てたら風邪ひいちゃうよ?」
 ノーテンキな声が頭上から響く。
「……お前は、俺が寝ているように見えるのか」
「うん♪」
 なんでそんなに嬉しそうなんだ。
「舞阪。笹塚は睡眠不足なんだ。ゆっくり寝かせてやれ」
「そうなんですか、平田先生」
「ああ、私の言葉に二言はない」
 先生のくせにとんでもない嘘を平気でつくのはやめてほしい。だが、今の俺にはツッコ
ミの体力も惜しいのだ。
「でも、寝る前にお昼ご飯食べないと、大きくなれないよ」
「それもそうか。よし、笹塚起きろー。起きないと二学期の成績はすごいことになるから
なー」
「アンタほんとに教師ですか!」
 疲れも吹っ飛んだわ!
「なんだ。まだまだ元気そうじゃないか」
 にやにやと笑う平田先生だった。


 そもそも、この暑さの中で猛練習させる先生にも問題があると思うのだ。しかも、俺だ
けどういうわけか特別メニューで。
 なんとかノルマは達成したものの、練習終了後にバタンキューだった。
「あ、雄一起きたんだ。それじゃごっはん、ごっはん♪」
 美咲はどうしてこんなに楽しそうなんだろうな。
「それはもちろん、雄一とごはんが食べられるからだよ」
 ええい、恥ずかしいセリフ禁止
「恥ずかしくないのにー」
 俺が恥ずかしいんだよ。
「ほらほらお前たち。いちゃいちゃしてると見てるこっちまで熱くなってくるから、そう
いうのは二人っきりの時にやれよー」
 中途半端な叱り方ですね!
「雄一、あっちにいこ♪」
 二人っきりになろうとするな!!
 まずい、このふたりと一緒にいると、何もしていなくても体力を消耗してしまう。ここ
は早いとこ昼飯を食べて、少しでも休むことにしよう。


「美咲、ごはん」
「は〜い☆ こっちだよ」
 美咲に手を引っ張られるがままに付いていくと、なんだかぐつぐつと煮えている音が聞
こえる。
「えーと美咲さん。これは?」
「おなべだよ」
「見りゃわかる。もしかして、これが今日のお昼だと?」
「そうだよ〜。熱い時には熱いもの。これ、日本の常識だね♪」
 なんともイヤな常識だな、おい。
「雄一、もしかしてイヤだった? せっかくわたしが愛情込めて作ったのに」
「う」
「お姉ちゃんにもいろいろ教えてもらって、香奈ちゃんにも練習手伝ってもらって」
「ぐ」
「みんなみんな雄一の為に」
「いっただっきまーす!」
 俺は半ばムリヤリに、なべに向かっていった。
 なべはひたすら熱く、残っていた水分も本当に蒸発してしまいそうだったが、味に関し
て言うなら、とても美味しかった。


「31日目 忘れちゃいけない宿題と約束」


 朝からセミが鳴いているのにもずいぶんと飽きてきたが、そんな人様の都合はセミには
まったく関係がなく、つまりは今日も元気よくセミは鳴いていた。
「あいつら、少しぐらい静かにしてくれないかなあ」
「そしたら宿題が捗るのに?」
「雄一の宿題が捗らない理由はそれだけじゃないだろうに」
「え、えと、雄一君がんばって?」
 いつもの図書館、いつもの場所で、俺・美咲・弘明・グッさんはいつものように宿題の
山と格闘していた。
 いや、山と格闘しているのは俺だけだが。
「おかしい。みんなと同じように宿題をやっているのに」
「雄一、時々居眠り」
「雄一、のち熟睡」
「雄一君、ところにより爆酔」
 酔ってないからね? てか、きみらの息はぴったりだね!
「あはは、さすが雄一君。ツッコミは冴え渡ってるね」
 ぱちぱちと手を叩くグッさん。むしろ、グッさんのボケこそ冴え渡っていると思うが。
 グッさんは普段はすっぴん(?)なのだが、勉強する時は眼鏡っ娘モードへと変身する。
 それゆえ、通常の1.5倍ぐらい鋭くなるのだ。
「ほらほら、バカなこと考えてないで手を動かさないと。いつまで経っても終わらないよ?」
「ちゃんと動かしてるけど」
「もっと早く、素早く、残像が出来るぐらいに!」
 宿題ごときで人間を超越してしまいそうだ。
「いいのかなー。きちんとやらないと美咲ちゃんとの約束が守れなくなっちゃうよ?」
 美咲はにやにやと笑いながらそう言った。……はい?
「お、舞阪との約束か。それは守らないとな、雄一」
「そうだよ、雄一君。美咲ちゃんを泣かせちゃダメなんだから」
 ちょ、ちょっと待て。そんな約束、記憶にございません。
「お前は何世紀前の政治家だ」
「雄一君をそんな子に育てた覚えはありません!」
 弘明もグッさんもノリノリだ。
「うぐぐ、なぜか八方ふさがりだ……」
「違うよ、三方しか塞いでないよ」
 美咲、弘明、グッさんで三方か。
「それじゃ、空いてるところから抜けさせてもらっていいか?」
「いいよ。落とし穴に落ちてもよければね♪」
「ワナに誘い込むための作戦? 美咲のくせにこしゃくな」
「違うよ、これは香奈ちゃんの作戦だもん」
「小癪でごめんなさい、雄一君」
「あ、いや、グッさんは悪くないよ」
「悪いのは雄一の頭だもんな。『小癪』ぐらい漢字で書けるようにしておけよ。将来困る
ぜ?」
 どんな未来が俺に待ち受けているのやら。
「それはもう、美咲ちゃんとの黒薔薇色の生活だよね☆」
 美咲がえへんと胸を張った。
 めちゃくちゃ不吉なんだけど、色が。
「それじゃあ、鴉色とか」
「一緒だよ!」
 そんなこんなで、空が夕焼け色に染まるまで図書館に入り浸っていたのに、宿題はあま
り進展しなかった。
 夏休みって、あと何日あるんだろうなあ。


「32日目 心を入れ替えて」


 八月も半ばを過ぎて、ようやく暑くなってきた気がする。
「夏だもんな。これぐらいの暑さなら平気だ」
 俺は、さっさと支度すると、美咲の家に行った。
「あれ、雄一? 今日は早いね」
「明日からは、今日も早いね、だな」
「うわ、自信たっぷり。ふふ、楽しみだね〜」
「おう、楽しみにしててくれ。それじゃ行くか」
「あいあいさー」
 美咲と並んで歩く。今日の美咲は、いつもよりも嬉しそうで、ポニーテールも楽しそう
に踊っている。
「美咲、何かいいことでもあったのか?」
「え、どうして」
「いや、なんとなくそう思っただけなんだが」
 美咲はにっこりと微笑むと、ナイショだよ〜とウインクした。


「ようし、今日はこれまで! それじゃ後はきちんと片付けて帰るように」
「ありがとうございました〜」
 午前中の部活が終わって、俺たちは体育館の床に寝転がった。
 疲れはあるけど、とても心地よい。平田先生の指導が適切なこともあるが、すごく充実
感がある。
「笹塚」
 先生に呼ばれたので、俺は起き上がった。
「なんですか、先生」
「今日は、何かいいことでもあったのか」
「え、どうしてですか」
「いや、なんとなくな」
 平田先生の落ちているボールを拾うと、片手で器用にスピンさせている。
「まあ、なんでもいいけどな。……そうだ、マッサージでもしてやろうか?」
「いえ、大丈夫です。今日は調子がいいんで」
「……そうか。それじゃあまた明日」
 先生は嬉しそうに笑うと、ボールをカゴにダイレクトシュートした。


「弘明。この問題なんだけど、この公式を使っても答えが出ないんだけど」
「ん? えーと、ああ、こりゃ計算マチガイだな。ほら、ここのXが途中からYに変わって
いるぞ」
「お、そうか。サンキュー」
 消しゴムで盛大に消してから、丁寧に書き直す。……よしっ、できた。
 さてと、次は英語でもやるかな。
「はい、雄一君」
 グッさんが英語の辞書を差し出してくれた。
「あ、今日は持ってきてるんだ。ありがと」
「ううん。それならいいの。……雄一君、今日は何かいいことでもあったの?」
「え?」
「ええと、なんだか嬉しそうだなって思って。私の気のせいかな」
「そうだなあ、自分でもよくわからないけど、気分はすごくいいかな。体調もいいしね」
「そうなんだ。よかったね」
「ありがと、グッさん」
 グッさんにお礼を言うと、嬉しそうに笑ってくれた。


 帰り道。美咲はうきうきとスキップしている。
「今日はごきげんだな」
「うん☆ 毎日こんな気持ちで過ごせるといいよね」
「ああ。そうだな」
 美咲が嬉しいと、俺も嬉しくなってくる。
 今日も暑いけど、こんなに嬉しいなら暑さなんてへっちゃらだな。
 揺れる美咲のポニーテールを見ながら、俺はそんなことを考えていた。


「33日目 早さを大切に」


「おはよう、美咲」
「おっはよう、雄一☆ 今日も早いね♪」
「お、おう」
 雄一はなぜか複雑な表情を浮かべていました。
「どうかした?」
「いや、早いって言われると、オトコとして微妙な気持ちになってな……」
 ??
「なんでなんで? 早起きはいいことだと思うんだけど。ねえ、お姉ちゃん」
 見送りに出てきてくれた麻美お姉ちゃんに聞くと、お姉ちゃんは微笑んでくれました。
「ええ。雄くんが早いのは、とってもいいことだと思うわ。だから、これからも続けられ
るようにがんばってね♪」
「は、はあ。がんばります」
 やっぱり、雄一は複雑な表情のままでした。


 学校に着くと、今日はわたしたちが一番乗りでした。
「いっちば〜ん。それじゃあ、みんなが来るまでにモップがけをしちゃおっかな」
「俺も手伝うよ」
「うん! 一緒にやろ」
 用具室にあるモップを出して、ふたりで体育館の端から端までモップがけです。
「とぉ〜りゃぁ〜〜〜」
 わたしは掛け声と共にダッシュします。
「なんだそりゃ」
「これはね、掃除の時の掛け声なんだよ。こうやって叫ぶのが、日本の掃除の正しいやり
方だって、昔テレビでやってたもん」
「いや、そりゃアニメの話だからな」
 アニメだろうとなんだろうと、楽しければいいんだとわたしは思います。
 結局、雄一が体育館の床の3分の2ぐらいをモップがけしてくれました。
「ありがとう、雄一。やっぱり早いね〜」
「ま、まあな」
 雄一はなぜか複雑な表情を浮かべていました。


「お、今日はお前たちが一番か。早いな」
「あ、平田先生。おはようございます!」
「おはよう。今日も暑くなりそうだから、夏バテには気をつけろよ。休憩のタイミングは
舞阪に任せてるから、しっかりな」
「は〜い」
 練習中のタイムキーパーは、美人有能マネージャーのわたしの役目です。練習メニュー
も日によって違うので、結構重要な仕事だったりします。


「お疲れ様、雄一」
「おう、美咲もお疲れ様。いつもサンキューな」
 タオルを渡すと、雄一がお礼を言ってくれました。
「やりたくてやってることだもん。がんばってるみんなのお手伝いをするのが、マネージャ
ーの勤めですから」
 澄まして言うと、雄一が笑いました。
「も〜、何かおかしいの?」
「おかしいよ。美咲はからかうとすごくおもしろい」
「あ〜、そんなこと言う雄一には、今日のお昼はあげません」
「ちょ、それはずるいぞ」
「ずるくないもーん」
 わたしは走って逃げましたが、すぐに雄一に捕まえられてしまいました。
「やっぱり、雄一は早いね♪」
「まあな♪」
 雄一は、やっとにっこり笑ってくれました。


「34日目 朝一番の贈りもの」


「雄一〜、起きてる〜?」
「んあ、なんだ美咲か? 今何時だよ……」
「5時5分」
「早いよっ!」
 思わず目が覚めた。
「し〜っ。静かにしないと近所迷惑でしょ」
 俺の家はお前にとって近所じゃないのでしょうか。
「雄一は家族も同然だもん♪」
 ファーストフードのバイトもびっくりの笑顔だった。


「しかし、なんでまたこんな時間に来たんだ。ひとりでトイレに行けないとか」
「雄一はデリカシーがないよね。香奈ちゃんには言わないほうがいいよ?」
 一応ボケてみただけなんだが……、まあ朝一なので不発だったということにしておこう。
「というか、なんでお前は俺の部屋に入れているんだ?」
「鍵かかってなかったけど」
 元々俺の部屋には鍵がついていない。女の子ならともかく、男の子どもの部屋ってのは
鍵なんてつけないものだと思う。そのせいで、いろいろな場面で進入されてきたわけだが、
……なんだか鍵の必要性を今更ながら感じてきたな。まあ、それは置いておこう。
「家の鍵はかかってただろ」
 昼間ならともかく、夜間は危険なので鍵はかけているはずだ。
「わたし、鍵持ってるもん」
「なにい!」
「雄一、声が大きいって!」
 悪いとは思ったが、そりゃ驚くだろ。
「お隣さん同士なんだから、それぐらい驚くことじゃないでしょ。笹塚さんちの鍵がうち
にあるように、舞阪さんちの鍵もここにあるはずだよ」
 確かに、家族ぐるみのつきあいというやつで、笹塚家と舞阪家は親も子どもも仲良しな
わけだが、まさか鍵の交換までしている間柄だったとは……。
 道理で、美咲や麻美さんがいつのまにかうちにいたりするわけだ。
「えへへ。これで、いつでも雄一は夜這いできるね♪」
 するか!


「んで、話を戻すけど、こんなに早く来た理由はなんだ? 俺の寝顔が見たかったとかい
う理由だったりしたら、さすがに俺もキレマスヨ」
 冗談ではあるが、納得できる説明をしてほしいものだ。


「朝の散歩をね、雄一と一緒にしたいな〜って思ったから☆」


 というわけで、俺と美咲は早朝散歩に繰り出した。起きる前だったらパスするところだ
が、すっかり目が覚めたのでしょうがなく、だ。
「う〜ん。朝の空気は気持ちいいね〜」
 胸いっぱいに朝一番の空気を吸い込んでいる美咲。確かに、朝の空気ってのはまだひん
やりしているし、気持ちいいよな。
「それに人の少ない町を歩くのも、新鮮な感じがしていいよね」
 まったく人通りがないってわけじゃない。24時間営業のコンビニは開いているし、新
聞配達の人や、スーツの人も時々見かける。
「こんなに早くから仕事してるんだなあ」
「その分、夜は早いんじゃないかな。夜も遅くまでだったら、本当にご苦労様だね」
「ああ、まったくだ」
 俺たちが寝ている間も、がんばっている人たちがいる。だからってわけじゃないし、俺
たちはまだ仕事をしているわけでもないけど、俺たちは俺たちができることを精一杯やっ
ていければいいと思う。
「ありがとな、美咲」
「え? わたし、何もしていないよ」
「いいんだよ。なんとなくお礼を言いたくなっただけだから」
 俺は美咲の頭をやさしく撫でてやった。
「く、くすぐったいよ〜」
 美咲は身体をくねらせながら、それでも嬉しそうにしていた。


「35日目 時にはだらけて」


 この夏の風物詩と言ってもいいだろう、朝からの蝉時雨も少し小さくなってきたような
気がする。
「もうそろそろ夏も終わりなのかなあ」
 縁側で美咲がアイスキャンデーを舐めながらそんなことを呟いた。
「何言ってんだよ、美咲らしくない。夏はそんなに簡単に終わらないよ」
 俺は、扇風機の風を受けながら答えを返す。
「雄一……」
「まあ、俺の宿題もなかなか終わらないからな」
 もちろんやってはいるし進んではいるんだが、なんでこう、牛さんの歩行スピードみた
いな感じなんだろうね?
「やれやれ、どきっとしたわたしのときめきなメモリアルを返して欲しいよ、もぅ」
 借りた覚えがないので返しようもないのだが。
「ところで美咲。そのアイス」
「あ、雄一も食べる? 取ってきてあげよっか」
「ああサンキュ……って、チョイ待て。そりゃ昨日俺が買ってきたもんだろ」
 残り少なくなった夏のこづかいの中から、貴重な英世さんを切り崩してまで買って来た
というのに。
「雄一。細かいことを気にしてると、胸は大きくならないよ?」
 そんな必要はまるで俺にはないんだけどな。
「もぅ、わがままだなあ〜。それじゃ返すよ、はい♪」
 美咲は持っていたアイスキャンデーを俺の口に突っ込んだ。
「んぐぅっ?」
「おいしいでしょ」
 美咲はにっこりと微笑んだ。