3週目

「15日目 スコップを持って」


 先週まで、正確には昨日までどちらかと言えば雨寄りの天気だったのだが、今日はそん
なことあったっけ、と思えるぐらいの晴天だった。
 ちょっと寝不足ながらも、きちんと午前中の部活はこなした。
 昼飯を食べて少し昼寝したおかげで、体調は完全回復。
「若いっていいよね」
 なぜか美咲も機嫌よく笑っていた。
 それじゃ、そろそろ行くか。
 俺たちは、園芸部の花壇へ向かった。


「美咲ちゃん、雄一君。今日はどうもありがとう」
 ぺこりと頭をさげるグッさん。服装は学校指定のジャージに麦わら帽子だが、妙に似合っ
ていた。
「香奈ちゃん、今日はひとりなの。だから、わたしたちでお手伝いしようと思って」
 と美咲が言うので、俺たちは園芸部の手伝いをすることにした。
「俺、園芸のことは詳しくないから、グッさんがいろいろ指示してくれよ。力仕事なら何
でも言ってくれていいからさ」
「そうだよ。今日は香奈ちゃんに雄一のコキ使い権を貸してあげる♪」
 勝手に貸し出されても困るんだが。つーか、そんな権利を渡した覚えも売った覚えもな
いけどな。


「それじゃ、雄一君には花壇の整備をお願いします。最近、雨が降ることが多かったでしょ
う。土がこぼれたり、レンガが崩れたりしてるところがあるの」
「オッケー、じゃレンガを直して、土を整えればいいんだな?」
「うん。新しい土が必要だったら、倉庫に少しあるから言ってね?」
 そう言うと、グッさんは美咲のところに小走りで駆けて行った。


 なんというか、地味な作業ではあるんだけど、少しずつ形になっていくのが嬉しいよな。
 俺には園芸の趣味なんてなかったんだけど、こうやって実際にやってみると、意外に楽
しいことがわかる。
 よく、ひとり暮らしの人がペットを飼ったり、植物を育てているっていうけど、少しず
つ成長していくのが楽しいんだろうな。


「雄一君。ちょっと休憩にしよ?」
 グッさんが言うので、俺はスコップを下ろした。
「うわあ、かなり進んだね。すごいなあ」
「そうかな? 自分ではなかなか終わらない気分になってきたんだけど」
「そんなことないよ。私ひとりだったら、まだ全然だと思う」
 グッさんが渡してくれたお茶を、一気に俺は飲み干した。
「さっすが男の子だね♪」
 いや、お茶一気飲みぐらいで。
「そういや、美咲は?」
 キョロキョロとまわりをみても、美咲はいない。
「美咲ちゃんには、お花屋さんに行ってもらってるの」
 ま、あいつにちまちました作業は合わないからな。
「うふふ、やっぱり美咲ちゃんがいないと心配かな?」
 グッさんが笑いながらそう言った。
「まあね、あいつは何をしでかすかわからないからさ」
「そういうことにしておこうね」
 グッさんは楽しそうにそう言った。


「16日目 お昼寝をしよう」


 八月になって、数日が過ぎた。夏休みに入ってから毎日部活に遊びに大忙しだったのが
響いたのか、今日はとてつもなく眠い。
 なんとか部活を終えた後は、昼飯を食べる前にひと眠りしようと横になった。
「雄一〜、お昼だよ?」
「後にしてくれ……」
「そんなこと言っても、お昼は待ってくれないよ?」
「いいんだ、美咲が待っててくれればさ……」
「え……」
 そこで、俺の意識は途絶えた。


 目が覚めたら、空は青色から茜色に変わっていた。
「……あれ、そっか、寝ちまったんだっけ」
 身体を起こすと、節々がパキパキと音を立てた。
「おはよう、雄一♪」
 美咲がタオルを渡してくれた。冷やされていたタオルで顔を拭くと、眠気が一気に吹き
飛んでいった。
「ありがとな。ところで、俺、何時間ぐらい寝てたんだ?」
「うーんとね、四時間ぐらいかな。もう全然起きないから、たくさんいたずらしちゃった
けど」
 ……何?
「……えっと、何をしたんでしょうか。美咲さん」
「えへへへ」
 にこにこだった。
「ねえ雄一、お腹すいてるでしょ? 今日は夕飯食べて帰ろうよ」
「あ、ああ、いいけど」
「やったあ♪ それじゃあ、お姉ちゃんに電話するね」


「あのね、お姉ちゃん。今日、わたし帰りが遅くなるから。……うん、大丈夫だよ。雄一
が全部奢ってくれるって☆」


 誰がいつそんなことを言った?
「いいよね、雄一。四時間も待たせて、待っててくれる女の子なんて、そうそういないん
だよ?」
 ぐ、それを言われるとツライ。
「わかったよ。ただし、ひとつだけ条件がある」
「なあに?」
 首を傾げると、美咲のポニーテールが揺れた。
「夕飯は、1000円以内に抑えてくれ」
「うん、いいよ♪」
 ほっ、よかった。随分聞き分けがいいな。
「その代わり、デザートは食べ放題って事で」
「えー?」
「条件は、ひとつだけなんでしょ」
 ……ああ、もうっ!
「わかったよ。太らないように気をつけろよ」
「えへへ。運動するから大丈夫っ♪」
 俺は財布の中身を確認しながら、こっそりと溜息をついた。


「17日目 雨のち晴れ、時々美咲」


 梅雨明け宣言が出た次の日。さっそく雨が降った。
「まったく、天気予報なんてあてにならないなあ」
 と、最初はそれでも気楽な気分だったが、部活が終わる頃にはものすごい勢いになって
いた。
「こりゃすごいな……。傘なんて役に立ちそうにないけど、どうする、美咲」
「とりあえず、ごはんにしようよ。お腹が空いては戦もできないし」
 戦なんてしないけどな。誰と戦うんだよ。雨か?
「雄一が戦うって言うなら、わたしは応援するよ?」
「いや、遠慮しておく。……べ、別に逃げたわけじゃないんだからねっ?」
 なぜかツンデレ化していた。


 昼ごはんを騒々しく食べた。が、雨はよりいっそう騒々しくなっている。
「ねえ雄一。散歩に行こうよ♪」
 散歩? お前はこの雨が見えていないのか。
「何言ってるの。わたしの視力はね、雄一の着替えがいつでも見えるぐらいにすごいんだ
から」
 それ、もう視力の領域じゃないよね。
「ほらほら行くよ」
 という美咲についていく。美咲はうれしそうに歩いていくが、その行き先は校舎の中だ。
「あ、見てよ雄一。窓がすごいよ」
 美咲が指差す先には窓があった。雨がものすごい勢いで流れていく。
「確かにすごいな」
「なんだか、水族館の中にいるみたいだね♪」
 ……それはどうだろうな。洗車機の中みたいと言ったら怒られそうだが。


 校舎の中を歩く。夏休み中なので、あまり生徒がいないのには慣れているが、それでも
この雨の中、美咲とふたりで校舎の中を歩いていると、なんとも不思議な気分だ。
「ねえ、雄一。普段歩いてる校舎も、こうやって大雨の中だと不思議な気分だね。なんだ
か別世界っていうか」
 どうやら美咲も同じようなことを考えていたらしい。


「でもね、雄一が一緒だから、どこでも楽しいな☆」


 特別なことはしていないんだけどな。ま、俺も美咲がいると、それだけで楽しいけどさ。
 やがて、屋上に向かう階段にたどり着いた。
「せっかくだから、ちょっとだけ覗いてみるか?」
「うん!」
 雨が降っているから、屋上には出られないだろうが、扉を開けて見るぐらいならいいだ
ろう。そう思っていたのだが、ちょうど雨が小止みになっているみたいで、雲の切れ間か
ら太陽の光が差し込んでいた。
「うわあ〜……、偶然ってすごいね♪」
「ああ。さっきまであんなに雨が降っていたのにな……。これは美咲のおかげかな」
「え? わたし何もしていないよ」
「俺を散歩に誘ってくれただろ。だからこの景色が見られたわけだ」
「……えっへっへ〜、美咲ちゃんすごい♪」
 得意満面な顔で、ポニーテールを揺らす美咲。
 ほんと、美咲といるとそれだけで楽しいんだよな。


「18日目 計画はお早めに」


 じりじりと照りつける日差しを恨めしく思いつつ、今日も図書館にやってきていた。
「あー、この図書館がなかったら、きっと夏休みの宿題は終わってなかったなと思うね、
俺は」
「あ、わたしもわたしも♪ 冷房の効きすぎは身体によくないけど、この図書館はちょう
どいい感じだから、宿題が捗るよ。ね、香奈ちゃん」
「そうだよね。宿題もどうせひとりでやるよりは、みんなとやったほうが楽しいもの。
弘明君もそう思わない?」
「そうだな、仲間はずれはよくないな、うん」
 しみじみと弘明が頷いた。
「どうかしたのか、弘明。なんだか随分うれしそうなんだけど」
「いや、親友っていいよなって思っていただけだ、ハハハ」
 よくわからん。
「そう言えば、弘明くんしばらく見なかったけど、どうしてたの?」
「よっくぞ聞いてくれた、舞阪! グッさんも雄一も聞いてくれよ」
 待ってましたとばかりに、弘明が語りだした。


 なんでも、急に人手が足りなくなったらしく、親戚の旅館の手伝いに一週間借り出され
ていたらしい。それも無給で。
「さすがに三食と寝床は提供してもらえたんだが、無償奉仕の辛さはしばらく味わいたく
ないね」
 うーん、なんとも不幸な話だ。だが、こいつのことだから、イヤイヤながらもソツなく
こなしたんだろうな。
「そりゃ、当たり前だ。自分の不満は自分に溜め込んでりゃいいんだ。他のヤツに気づか
れるようじゃ、人としてまだまだだっての」
「弘明くん、カッコイイ!」
「すごいな〜、さすがは弘明君だね」
 女性陣の株が高騰した。
「ワッハッハ! いやいやなんのなんの。で、話はこれからだ。その親戚の旅館なんだが、
みんなで遊びに行かないか。つーか、来てくれ!」
 ……は?
「実はな、団体客の予定が一週間早まっちまったせいで忙しくなってたわけで、明日から
の一週間はまだ空きがたくさんあるらしいんだ。今からじゃあ大勢のお客は見込めないし、
かと言って部屋を空けておくのももったいないしさ。格安にしとくから、みんなで来てく
れると助かるんだが」
 頭を下げる弘明。
「そうだなあ。来週一週間は、お盆休みってことで部活は休みにしてるけど、美咲は何か
用事あるか?」
「雄一と遊ぶ用事しかないけど♪」
 それは用事じゃない。
「グッさんは?」
「私は、園芸部のお仕事があるんだけど、先週みんなの分もやったから、お願いしたら
変わってくれると思うの」
「よし、俺からもお願いする! なんだったら、来週から俺も園芸部の手伝いをする!!」
 弘明がきっぱりと言い切った。
「え、それはさすがに悪いよ〜」
「まあ、いいんじゃないか。俺も部活の合間なら手伝えるし、せっかくだからみんなで
旅行も行きたいしさ」
 俺も後押しすると、やっとグッさんも頷いてくれた。
「よっし! みんなサンキュー!! それじゃ、早速計画を練るか」


「わーい♪ なんだかすっごく楽しくなってきたよ〜、えっへへ☆」


 その後、俺たちは宿題そっちのけで旅行の計画を立てるのに全力を費やした。


「19日目 練習は集中して」


 今日の練習で、夏休み前半の部活は終了となった。部員に話を聞いてみたところ、やは
りお盆に用事があるやつが大半で、その日程も来週のほとんどの日に分散していたので、
いっその事、丸々一週間休みにすることに決めていた。
「みんなお疲れ様。それじゃ、お盆明けの月曜日にまた集合しよう。何か言いたいことが
あるやつはいるか。なけりゃこのまま解散ってことで」
「みんなお疲れさまっ。後はわたしに任せて、一週間ゆーっくり身体を休めてね!」
 美咲の声で、みんながそれぞれ帰りだした。これはいつものことなので、別にいちいち
気にしたりはしない。
 まあ、俺もキャプテンっぽいことをやってはいるが、正式なキャプテンというわけじゃ
ないし。
「さてと、それじゃわたしたちも帰ろうか」
「いや、俺はちょっと残るから。美咲は先に帰っててもいいぞ?」
「え、なんでなんで? 美咲ちゃんに隠し事なんてダメだよ」
 別に隠し事ってわけじゃないんだけど。
「ほら、来週から休みで、俺たちは旅行に行くだろ。その間は部活出来ないから、少しだ
けシュート練習していこうと思って」
「でも、雄一。いつもオーバーワークは禁止って」
「オーバーワークまではやらないよ。ちょっとした残業、サービス残業ってやつだ」
 あれ、使い方間違ってるかな。でも美咲には通じたみたいだ。
「そっか。それじゃ、わたしは部室に戻ってるね♪」
「おう」


 黙々とひとりシュート練習をこなす。反復練習は数をこなすことって言うけど、短い時
間でそれをやるためには、スピードが不可欠だ。
 ボールを取り、ゴール目掛けてシュートを打つ。文字で書くとふたつの行程しかないが、
実際にはボールを取るにはよく見て、しっかりキャッチする必要があるし、シュートを打
つにはゴールを見据えて、構えて、放り投げなければならない。
 うまくキャッチできなければ持ち直さなきゃならない。キャッチした姿勢が悪ければ、
体勢を整えなければならない。
 ムダはできるだけそぎ落として、なおかつスピードを追求できれば、初心者の俺たちで
もきっといいバスケットができるようになる。
 そう信じて、毎日、地味だけどしっかりと基礎練習をやっているのだ。


 練習のしすぎはよくないので、俺たちはオーバーワークを禁じている。やる時はやる。
休む時は休む。単純だけど、大切なことだ。
 だから、俺のサービス残業も長くても30分と決めている。どれだけたくさんシュート
が打てるかは、その日の調子と体力によるが、少しずつ増えてきているのは自分でもわかっ
ている。
 それがわかるからこそうれしくて。
 今日はついつい10分ほどオーバーしてしまった。
 これぐらいなら、いいよな。
 タオルで汗をぬぐった俺は、ボールを片付けて部室に戻った。すると、


「おそーいっ!!」


 ピコン☆
 美咲にピコハンで殴られた。
「女の子を待たせるなんて、男の子の風下にも置けないんだよ」
 それじゃあ俺はどこに行けばいいんだよ。
「えーと、わたしの家とか?」
 なぜ疑問形なんだ。
「つーか、なんでまだ残ってるんだ。先に帰ったんじゃなかったのか」
「そんなこと言ってないよ。あ、今、話をそらそうとしたでしょ」
 うっ。
「あ、目をそらした。後ろめたいことがあるからだよね。……他にオンナができたのねっ」
 いきなり修羅場だった。
「まあ、うきわはオトコの甲斐性って言うし、しかたないけど」
「うきわじゃなくて、浮気な」
「やっぱり浮気なんだ!」
「いや、美咲が間違えたから」
「わたしのせいにする気っ」
「どうすりゃいいんだよっっ」


「ちゃんと時間通りに練習終わってくれれば……それでいいよ」


 ……やれやれ、まいった。
「わかった。今度からはちゃんと守る」
「それならよろしい♪」
 ピコン☆
 なぜかまた叩かれた。
「それ、どうしたんだ?」
「さあ? 部室の掃除をしてたら、箱の中から出てきたの。ちゃんと使えるよ?」
 そういう心配じゃないんだけど、まあいいや。
「それじゃ着替えるから」
「了解。手伝えばいいんだよね?」
「いやいやいや。ひとりでできるから」
「遠慮なんていいのに」
「……アイスおごってやるから」
「わーいっ。早く出てきてね、30秒以内にっ」
 美咲は光の速さで部屋から出て行った。
 俺は負けじと、上と下の運動着を同時に脱ぎ捨てた。


「20日目 準備から旅行ははじまって」


 久しぶりのオフ、というのも変だけど、部活のない日を平穏に過ごした。
 美咲に起こされて、美咲に食べさせられて、美咲に勉強を邪魔されて、美咲に昼寝を邪
魔されて、美咲と遊んで、美咲と弘明とグッさんと遊びに行って、帰ってきた。
 そんな平穏な一日だった。
 と、風呂場でのんびりしていたら、大変なことを思い出した。


 明日からの旅行の準備をしていない。


 うひゃあと全速力で頭を洗って、湯船につかって高速言語で一から百まで数えて、風呂
を出た。普段ならのんびりとリビングでうちわ片手にスポーツニュースでも見るのだが、
その時間すら惜しい。
 とりあえずパンツだけ身に着けると、バスタオルで髪をがしがし拭きながら階段を駆け
上がった。


「あら、雄くん。こんばんは♪」
「おじゃましてるよ、雄一♪」


 舞阪家の姉と妹が、俺の部屋で正座して待っていた。
「……えと、なんで?」
「新婚さんゴッコがしたかったから!」
 美咲のテンションは天井よりも高い。
「は?」
 麻美さんがにっこり笑って三つ指をつく。
「おかえりなさい、雄くん」
「いや、さっきから家にいましたが」
「お風呂にする?」
「今、あがったばかりです」
「ごはんにする?」
「それも、食べましたって」
「それじゃあ、美咲ちゃんね!」
「それは食べられません」
「そんな、美咲ちゃんじゃダメなんて!」
「それじゃあ、もしかして雄一はお姉ちゃんのことがっ」
「うがー!」


 などと、風呂上りのさっぱり感がどこかへ飛んでいきそうなやりとりを繰り広げた後で、
ようやく麻美さんが解説してくれた。


「雄くんの旅行の準備をお手伝いしようと思って♪」


 麻美さんの中では、俺はいったい何歳児の設定なんだろう、ということを考えてしまい
そうになるが、このお姉ちゃんは善意100パーセントなんだよな。何も言えない。
 俺が言えるのは、
「ありがとうございます、麻美さん」
 というひとことだけだった。


「それにしても、みんなで旅行かあ。うらやましいわね」
「お姉ちゃんは、もう予定決まってるの?」
「勉強会があるから、週の後半なら空いてるけど」
「そっかあ……、ねえ雄一。弘明くんに言ったら、お姉ちゃんも大丈夫かな?」
「いいんじゃないか? そもそも、俺たちだって部屋が空いてるから来てくれって頼まれ
たクチだし……て、もう電話してやがる」
 美咲は携帯を取り出して、弘明に電話をかけていた。
「でもいいのかしら、雄くんの邪魔にならない?」
 麻美さんが心配そうに言う。
「邪魔なんてこと、絶対にないですよ。麻美さんなら大丈夫です」
 自信を持って言うと、麻美さんは嬉しそうに笑ってくれた。
「うん、うん。ありがとう弘明くん! それじゃあ、また明日だねっ」
 大声で嬉しそうに話す美咲を見ていれば、結果がどうなったかは明白だった。


「21日目 初日から大騒ぎ」


 珍しく、スッキリとした朝だった。
 着替えてから居間に置いてあるテレビのスイッチを入れて天気予報を見ると、この一週
間は日本全国どこもかしこも太陽のマークでいっぱいだった。
 これなら心配ないな。
 せっかくの旅行だ。雨も思い出にはなるだろうが、晴れているほうが嬉しいものだ。
 俺は帽子をかぶり、荷物を持つと家の扉を開けた。


「おはよう。雄くん」


 すると、麻美さんが立っていた。
「おはようございます」
 俺が挨拶をすると、麻美さんはにっこりと笑った。
「……えーと、美咲は?」
 麻美さんはにこにこと笑っている。
「もしかして、寝てるんですか」
 尋ねると、麻美さんはこう答えた。


「あのね、お姫様を起こすのは、王子様の熱〜いキッスなのよ♪」


 あー、もうっ!
 全速力で美咲を叩き起こして準備を終わらせたのは、それから15分後だった。
「ごめんね、雄一。旅行が楽しみで眠れなくて」
「いや、気持ちはわかるから。もういいけど、平気か?」
「うん。雄一の声を聞いたら、身体も目が覚めたみたい。それじゃお姉ちゃん、行って来
ます♪」
「行ってらっしゃい、美咲ちゃん、雄くん♪」
 麻美さんは、ずっとにこにこと笑っていた。


 駅前で弘明とグッさんに合流して、しばらくは電車の人になる。
「普段はあんまり電車に乗らないから、なんだかわくわくするな」
「そうだね〜。雄一、あんまりはしゃいじゃダメだよ?」
「美咲に言われるとは思わなかったな。グッさんなら納得だけど」
「ゆ、雄一君、あんまりはしゃいじゃダメだよ?」
「おう」
「うわ、エコひいきだ。やっぱり時代はエコだね」
「そのエコじゃないけどな。というか、舞阪が一番はしゃいでるじゃないか」
「いいじゃない、弘明くん。ちゃんと他の人には迷惑をかけないようにしてるから」
「俺たちは他人じゃないんだよな……」
「もちろんだよっ♪」
 とまあ、こんな感じで二時間ほどの電車の時間はあっという間に過ぎていった。


 最寄の駅に着いてから、徒歩で一時間。そこに弘明の親戚が経営している旅館はあった。
「よーし、みんなお疲れ。普通の客はタクシーを使うんだが、俺たちは貧乏学生だからな。
でも、これぐらいならまだまだ元気だよな」
 そりゃまあ、そうなんだけど。だったら先に言っておけっての。
「香奈ちゃん、大丈夫?」
「……うん。ちょっと疲れたけど、平気だよ」
 グッさんは園芸部だが、外での作業も多いから意外に体力があるのかもしれないな。
 美咲は元気のカタマリなので、心配はいらないが。


「こんにちは〜。弘明くんご一行が到着しました〜」
 弘明が開いている入り口から入って、中にデカイ声で呼びかけた。
 すると、中からバタバタと騒々しい足音が聞こえた。
「そんな大きな声じゃなくても聞こえるってば! ヒロの声は大きいんだから、少しは気
を使いなさいよね」
 現れたのは、俺たちと同じぐらいの女の子だった。
「それじゃ改めて、と。いらっしゃいませ。旅館『高月(たかつき)』へようこそ。私は
あなたたちのお世話をする、野洲明子(やす あきこ)です。よろしくお願いします」
 深々と頭を下げて、女の子は自己紹介をした。


 明子さんは俺たちと同じ年で、弘明の親戚だった。昔ながらのおかっぱ頭で、てっぺん
にはきれいなわっかが見えている。一見すると、グッさん以上に大人しそうだが、実際は
しゃきしゃきした女の子だった。
 家の手伝いで俺たちの相手をしてくれることになったらしい。
「えっと、それじゃ雄一くんに美咲ちゃん、香奈ちゃんでいいよね。私のことは明子でも
明子ちゃんでもなんでも好きに呼んでくれていいからね♪」
 部屋に通してくれた後、明子ちゃんと俺たちは早速打ち解けた。同い年なんだし、お客
とは言っても身内みたいなものだから、堅苦しいのはなしにしようってわけだ。
「それじゃ、ヒロ。悪いけど、掃除はそれぞれやってもらうってことでいいんだよね?」
「おう。道具は後で借りに行くよ」
「わかった。それじゃあ、また後でね、みんな」
 明子ちゃんはそう言って、戻っていった。……掃除?
「おい弘明。掃除ってなんだ?」
「……あー、言ってなかったっけ。格安にしてもらったから、細かい仕事は自分たちでや
ることにしたんだよ」
 だから、そういうことは先に言えっての!
 俺たちは弘明を袋叩きにした後で、それぞれの部屋の掃除をする羽目になった。
 結局、一日目は移動と掃除で消化されていくのだった。