(ぷちSS)「6日目 後悔は似合わない」(舞阪 美咲)

 土曜日の朝。今日は部活が休みなので、実に一週間ぶりに目覚ましのない、自然な目覚
めを得られた気がする。
 うーん、やっぱり自然が一番だよな。規則正しい生活も大事だとは思うが、日の出と共
に起きて、日の入りしたら就寝という生活も悪くないかもな。
 ……いや、そんな生活は美咲が許さないだろう。あいつは時間の許す限り遊びまくる。
遊ぶ時間がなければ、ムリヤリにでも作るからな。何度ムチャなことをやらされたことか。
 そんなことを考えながら朝食を済ませると、携帯電話がメール着信のメロディを奏でた。
「えーっと、美咲からか」
『おはよ、雄一。ちゃんと起きてる? 敏腕マネージャーさんは、休みの日でも完全サポ
ートなんだよ♪ それじゃ、今日もはりきっていこう!』
 文面はシンプルなものであり、どこにもおかしなところはない。が、これが美咲から送
られてきた、ということ自体が問題なのだ。
「しょうがない。ちょっと散歩にでも行くとしますか」
 食後の腹ごなしも兼ねて、俺は出かけることにした。そのついでに、ちょっと寄り道す
るぐらいはいつものことだ。


 天気が不安定なので、陽射しよけの帽子をかぶりつつも、傘を片手に歩く。備えあれば
憂い無し、というやつだ。いや、むしろ憂いが有るから備えているような気もするな。どっ
ちがこの場合正しいんだろう。
 などとどうでもいいことを考えながら歩いていると、目の前にポニーテールのお姉さん
が現れた。
「おはようございます、麻美さん」
「おはよう、雄くん。どうかしら?」
 いきなりどうかしらもないと思うが、ここで返事を間違えると好感度が下がるので、
「よく似合ってますよ、ポニーテール。でも、珍しいですね」
 と答えた。
「ありがとう♪ ポニーテールって元気の象徴みたいなところがあるでしょ。だから、こ
れを見た人は元気になってくれるかなって」
 ……やっぱり。
「美咲、います?」
「ええ。部屋で寝ているわ。私はちょっと薬局まで行ってくるので、戻ってくるまで美咲
ちゃんのそばにいてくれないかしら」
「オッケーです」
 ありがとう、と麻美さんは小走りで歩いていった。
 これは、予感が的中したかな。


 コンコン。
「はーい。あ、雄一。……ちゃ、ちゃんと起きたんだね。やっぱり美人マネージャーさん
大活躍だね」
 美咲はにっこりと笑う。布団に入ったまま。
 俺はツッコみたいところをガマンして、美咲のそばに腰を下ろした。
「おかげでちゃんと起きたよ。で、美咲はどうして寝てるんだ。風邪か?」
 夏とはいえ、風邪をひくこともある。特に最近は新型インフルエンザも流行しているか
ら、もしかしてということもあり得るが、今回はいいはずだ。
「ううん、風邪じゃないよ」
 やっぱりな。もしインフルエンザの兆候があるなら、麻美さんが美咲のそばにいてあげ
て、なんて言うはずがない。
「それじゃあどうした。気分が悪いのか」
「えっとね、言っても怒らない?」
「なんで怒るんだよ。怒られるようなことか?」
「うん」
 即答された。
「……オッケ。特別サービスで、怒るのは明日にしておく」
「ううっ、それはサービスに入らないよぉ〜」
 泣きまねをする美咲。無論、そんなことでごまかされたりはしない。
「……しょうがない。他ならぬ雄一のお願いだから、教えてあげようかな」
 そこまでお願いしてないけど。
 美咲は一回深呼吸をすると、こう言った。


「食べすぎでお腹壊しました」


 ちょ、それは女の子としてどうなのさ。
「昨日のアレが原因だよな、やっぱり」
「うん、多分……。昨日は平気だったんだよね。帰ってからも普通にごはん食べたし、デ
ザートにスイカも食べたし、お風呂上りにホットミルクも飲んだし。
「それは、すごいな……」
「でしょう? えっへん」
 威張るところではない。
「で、今朝になったら急にお腹痛くなってきちゃった。動くと余計に痛くなるから、寝た
ままでゴメンね」
 それは今謝るところじゃないだろ。
「はあ〜、ったく、心配させるなよな」
「……ごめんなさい」
「俺にじゃなくて、麻美さんにだよ」
「お姉ちゃん?」
「ああ。俺は、美咲の心配なんて慣れっこだし、いちいち気にしてないからさ。麻美さん
も美咲の姉さんなんだから慣れてるかもしれないけど、心配させないほうがいいよな」
「うん。でも、それじゃ雄一も……」
「だから、俺は慣れてるからいいの。何度も同じことを言わせないように」
 コツンと美咲の頭を叩く。
「えへへ、ありがと」
 叩かれて喜ぶな。
「でも、俺も断りきれずに奢ってしまったから、責任が無いわけじゃないよな。今度から
気をつけるよ」
「そうだね」
 ……お前が言うな、とツッコみたい気持ちを必死でガマンした。
「まあ、やっちまったもんはしょうがない。次に同じことしないようにな」
「うん! 後で後悔しないように、今度からはもっと胃袋を鍛えておくねっ。……あいたっ」
 ここはツッコんでもいいところだよな。
 でも、美咲には沈んだ顔も後悔も似合わない。多少暴走しても、俺がブレーキをかけて
やれば、それで大丈夫だと思う。
「えへへ」
 美咲はニヤニヤと笑う。
「どうした?」


「雄一の顔を見てたら、なんだかお腹痛いのが弱くなってきたかも♪」


 喜んでいいのだろうか。
「……よかったな」
「うんっ」
 本当に元気が出てきたような、そんな笑顔の美咲だった。