(ぷちSS)「5日目 帰り道の誘惑」(舞阪 美咲)

「よおし、みんなお疲れ〜。今日も密度の濃い練習ができました。明日と明後日は土日だ
から休みなんで、また来週からがんばろう。片付けは俺がやっておくから、回復したヤツ
から帰ってくれ。それじゃ、解散!」
 返事はなく、ぜいぜいはあはあという息遣いだけが、そこかしこから聞こえてくる。
 うーん、やっぱり一週間の締めにフルタイム試合はまだ早かったのかな。
 それでも、みんないやがって練習してるわけじゃないし、ケガに気をつけてればきっと
大丈夫だよな。なんせ俺たち、初心者揃いのバスケット部なんだから。
「お疲れ様、雄一。でも、みんなよりは平気そうだね」
「ああ。一応、これでも体力はあるほうなんでね」
 毎日、誰かさんの相手をしていれば、いやでも体力はつくというものである。
 俺は体育用具室からモップを出し、床掃除を始めた。まだ寝そべっているヤツも端まで
ついでに押してやる。
「ちょ、やめろって笹塚」
「遠慮すんなって。今はおとなしくしとけよ」
「おとなしくしてられるか! 床と一緒に掃除されてたまるか!!」
 元気よく立ち上がって、大声で叫んだのは中村だった。
「来週は俺がお前をモップがけしてやるからな。じゃーな!」
 そう言い放って、中村は歩いていった。なんだ、まだまだ元気あるじゃん。
「中村くん、部員の中では一番やせてて体力なさそうだけど、けっこうすごいよね」
「ああ。多分、俺たちじゃなくて部員のみんなも驚いてるんじゃないかな」
 たまたま声をかけてみただけで、まさか参加してくれるとは思ってなかったこともある
が、思わぬ拾いものってやつかな。みんな、中村には負けられんって気持ちがあるから、
練習もダレたりすることがない。いい感じだ。
「俺は残りのモップがけをやるから、悪いけど美咲は開けてあるドアを端っこから閉めて
きてくれないか」
「オッケー。敏腕マネージャーさんにおまかせあれ♪」
 美咲は元気よく走っていく。ほんと、あいつの元気は無限大だな。


 体育館の施錠をして、鍵を職員室に返す。
 職員室には、何人かの先生が仕事をしているようだった。休みとはいえ、先生たちも大
変だなあ。
「おう、笹塚。部活終わったのか」
「あ、平田先生。今、体育館の鍵を帰してきたところです」
「そうか。悪いな〜、練習見てやれなくて。七月はいろいろ忙しくてさ、お前たちに任せっ
きりになっちゃうけど、八月になったら時間も取れると思うから」
「ありがとうございます。それじゃあ、俺は帰りますね。お仕事がんばってください」
「おう。そういや、舞阪はどうした、一緒じゃないのか?」
「美咲なら、外で待ってますけど」
「女を待たせるなんて、ひどい男だな」
「先生が話しかけるからじゃないっすか」
 平田先生はニヤリと笑う。
「冗談だ。ちゃんと送ってやるんだぞ。狼には気をつけてな」
「いや、今の日本に狼はいませんし」
「何を言ってる。お前が狼じゃないか」
 ……。先生、それも冗談なんですよね?


「もう〜、雄一が遅いからわたしナンパされちゃうところだったよ?」
 平田先生の口撃を乗り越え、職員室を出た俺が美咲のところに行くと、いきなりそんなこ
とを言われた。
「どこの誰だよ、そんな物好きは」
「平田先生」
 ……あの教師、美咲が待っていること、知ってやがったな。
「つーか、平田先生は女だろ。……まさか、先生はレ」
「ぴぴー。不適切な発言禁止。先生はバイなんだよ」
「そっちのほうが不適切だろ?」
 認識の違いなんだろうか。
「ちなみに、それって本当なのか」
「そうなんじゃない? 先生自身が言ってたし」
 限りなく胡散臭いな。
「それで、美咲はなんて言って断ったんだ?」
「……気になるの?」
「そ、そりゃまあな」
 えっへっへ〜、と美咲は嬉しそうに笑う。


「雄一がアイスクリームをおごってくれるので、先生にはつきあえませんって言ったんだよ☆」


 そんなこんなで、帰りは商店街に寄って、美咲にアイスクリームをおごらされる羽目になっ
たのだが。
「ああっ、あのカキ氷すごく美味しそう〜。ねえねえ雄一、あれどうかな?」
「それじゃ、アイスは無しだな」
「ええっ、そんな〜。あっ、あのタコヤキ見てよ。特別タイムサービスで、10個百円だって!」
「アイスより安上がりだな」
「あれは幻の特大コロッケ!! う〜、食べたいなあ〜」
「お前、俺の話聞いてないよね」
「え? 全部おごってくれるって? もう〜、雄一ったら太っ腹なんだから♪」
「言ってない! そんなことひとことも言ってないからっ!」
 あれやこれやと、美咲の目標が移り変わるたびに、俺の財布は軽くなるのだった。