(ぷちSS)「1日目 刺激的な目覚まし」(舞阪 美咲)

 太陽の自己主張が、夏休みに入ったとたんに激しくなったと思えるような日差しが、朝
からさんさんと降りそそいでいる。
 だが、文明の象徴とも言えるエアコンが静かに稼動している笹塚雄一の部屋は、太陽よ
りも涼しさの主張のほうが勝っており、部屋の主である雄一は安眠状態だった。
 かちゃり。
 そこへ、こっそりと侵入する一人のポニーテール少女。いつもニコニコ、元気150パ
ーセントの舞阪美咲だ。
「うわ〜、朝からこんなに涼しい部屋なんて、夏に対して失礼だよね〜」
 美咲は雄一に聞こえないように小声で呟く。まあ、聞かれたくなければ声に出さなけれ
ばいいだけなのだが、喋らずにはいられないのが美咲だ。
 気づかれないように、姿勢を低くして雄一の枕元にひざを立てて座る。
「むむむ、気持ち良さそうに寝てる。……しかし、今に飛び起きることになろう、ふふふ」
 と、誰も聞いていないのに独り言を口に出すと、美咲はそうっと雄一のベッドの上に移
動した。


 ……なんだか、苦しい。
 夢の中、という感覚はあるのだが、そもそも夢なのに苦しさを感じるなんてことがある
のだろうか。
 夏の寝苦しさから解放されるように、きちんとエアコンをタイマーセットしてあるはず
だ。暑すぎず寒すぎず。最適な温度設定と時間設定をしてあるから、暑さの心配はいらな
いはず。
 なのに、この苦しさはなんだ?
 寝苦しいのではなくて、なんというか、重苦しい。
 これは、もしや金縛りというやつだろうか。
 睡眠中に起きる現象らしいから、ありえないことじゃないけど、まさかなあ。
 そう思って、身体を動かそうとしたら、……う、動かない。
 ずっしり、その表現が一番ぴったりだろう。先ほどの『重苦しい』感覚とも一致する。
 しかたない、とりあえず目を開けてみるか。


 雄一がゆっくりと目を開けると、美咲の顔が5センチの距離にあった。


「のうわああっっ??!!」
 情けない悲鳴を上げて、雄一は飛び起きた。いや、飛び起きたつもりだったが、雄一の
身体は動かず、代わりに
「うにゃああっ!」
 猫のような声を出して、美咲がベッドから転げ落ちた。
「……美咲?」
「いたた……、もう〜、ひどいよ雄一〜。お嫁に行けなくなったらどうするの〜」
 美咲は大きなお尻をさすりながら文句を言った。 
 ベッドから落ちてお嫁にいけなくなるヤツなんているのか。
 と思ったが、起き抜けなのでうまく口が回らず、結局出てきたのはありきたりな言葉。
「……おまえ、なんでここにいるんだ?」
「なんでって、雄一を起こしに来たんだよ。ほら、目覚まし時計よりも30分も早いよ。
さすがは美咲ちゃんだね☆」
 えへんと大きな胸を張る美咲。いや、目覚ましと張り合ってどうする。
「ほら、バスケ部の敏腕マネージャーさんとしては、部員の管理もばっちりなんだよ」
 意味がわからん。
「つか、……今日は祝日だから部活休みだろ。休み中の部活は明日からってことにみんな
で決めたよな?」
 夏休みとはいえ、部活はある。むしろ、休みだからこそ、しっかり練習できるってこと
もある。それだけに、オーバーワークには気をつけなくちゃいけないってんで、みんなと
話し合った結果、カレンダーが赤い日は休みにしようってことになった。
「なんでおまえは知らないんだ、敏腕マネージャーさん?」
「……そだっけ??」
 美咲が首を捻ると、トレードマークのポニーテールがぴょこんと揺れた。
 あー、もういいや。
「ま、起こしに来てくれたことに礼を言っておこう」
「えへへ、どういたましてグリ」
 誰のモノマネだ。世代を考えろってんだ。
「ところで、美咲。さっき何しようとしてたんだ、なんか、やたらと近かったような」


「だって、王子様を起こすのはお姫様のキッスって言うでしょ♪」
 

 こいつ、自分をお姫様と言いやがった! いや、そうじゃなくて。
「雄一が動かないように、そーっと両手両足を押さえてたんだよ。あともう少しだったの
にな〜」
 ……あ、危なかった。つか、あの金縛りはそれが原因かよ。
「それとも、口で起こしたほうがよかった?」
 く、くち?
 一瞬、よからぬ妄想が浮かんだが、
「朝〜、朝だよ〜。朝ごはん食べて学校行くよ〜」
 ……そっちかよ! だから世代を考えろっての!
「あー、なんかお腹空いてきちゃった。ほら、起きたんだから朝ごはんだよ、雄一♪」
「わかったわかった。すぐに着替えて行くから」
「……手伝ってあげよっか♪」
「いらんわっ」
 にへへ〜、と笑う美咲を追い出して、俺はさっさと寝巻きを脱ぎ捨てた。