(ぷちSS)「六月のさくら色」(さくらシュトラッセ)(マリー・ルーデル)

「春美、そろそろ3卓のお客様のデザート……」
 そろそろ頃合かと、優佳が厨房にやってくると、
「おっし、できた! マリー、仕上げ頼む」
「わかりました。ここをこうして……できましたっ。優佳さん、お願いします」
 流れるような作業で、コース料理のラストを飾るデザートが完成した。
「オッケー。これでオーダーのあった料理は終わりね。それじゃ早速持っていくわね」
 上機嫌で優佳は料理を運んでいった。


 ここはレストラン『かもめ亭』。再開当初は半人前だった春美も、二ヶ月ほどが経ち、
だいぶ余裕が出てきていた。それは、調理補助として一緒にがんばっているマリーのおか
げもあるのかもしれない。
「ようし、今のでオーダーは最後だっけ。んじゃ、こっちは一足お先に片付けに入るか」
「はい。私、お皿洗いますね」
 と言いながら、すでに皿を洗い始めているマリー。
 最初は魔法でなんでもこなしていたマリーだったが、春美の料理に対する気持ちを知っ
てから、厨房で魔法を使うのはやめていた。
 それは、魔法使いである彼女にとっては不便なことなのだが、マリーはイヤな顔ひとつ
しないで、春美の補助を務めている。
「春美さん、お皿はこれで全部ですか?」
「こっちに戻ってきている分は全部だな。後は、フロアにある分だけだ」
「それじゃ、フロアのお手伝いに行ってきますね」
「あ、そっちはゆー姉とかりんがいるから大丈夫だろ……って、もういないし」
 自分から率先して仕事をしてくれるマリーには、本当に助かっていた。
 しかし、がんばってくれるのはいいが、働きすぎではないだろうか。
「かりんなんて、何かありゃサボってるのになあ……」
「みーくん呼んだ? お皿引き上げてきたよ〜」
 噂をすれば何とやら、かりんが両手に皿を持ってやってきた。
「おう、サンキュな。……あれ、マリーはどうした?」
「おそうじしてるよ?」
 厨房からそっと顔を出してみると、マリーはテーブルを拭いたり、お客様のテーブルを
回って水を注いだりとフロアでも笑顔で働いていた。
「で、お前はここで何やってるんだ?」
 きょとんとするかりん。
「えっとねー、休憩!」
「俺は、そんなことを許可した覚えはないんだが#」
「みーくん、目が怖いよ?」
 じりじりと後ずさるかりん。
「お、お、お仕事してきま〜す!」
 猛ダッシュでかりんがフロアに戻っていった。
「ったく、しょうがないやつだな。まあ、もうすぐ営業時間も終わりだから、ちょっとぐ
らいなら大目に見てやってもいいんだが」
 相手がかりんなので、そういうわけにはいかないのであった。


「はい。それでは今日も一日お疲れ様でした!」
「お疲れ様でしたっ」
 優佳の挨拶で、今日のかもめ亭の営業は終わりを告げた。
「最近、少しずつだけど、お客さんが増えてきています。みんなには苦労をかけるかもし
れないけど、明日からもよろしくお願いします。ってなわけで、ごはんにしましょう♪」
「きゃっほぉー♪ ごっはん、ごっはん〜、きょーおーのごはんはなんだろな〜♪」
 いつものことだが、ごはんの時間はかりんがやたら元気になる時間である。
「今日はお前の好きなハンバーグだ。それと、チーズの特売があったから、隠し味に入れ
てみた」
「わ〜い、みーくん大好き〜」
 さっそくハンバーグを頬張りながら、笑顔を全身で表現するかりん。
「ハルミにしては、いい仕事」
「ん、どういうことだ。ルゥリィ?」
 マリーの隣で、ルゥリィが黙々と食べている。
「ルゥリィは、チーズが好物なんです。ね、ルゥリィ?」
「うん。チーズを好きな人に悪い人はいない。ハルミは、チーズ好き?」
「えーと、あらためて聞かれるとどうなんだろ……って、なんで俺のハンバーグ食ってや
がるんだよ、ルゥリィ!」
 ルゥリィのフォークが春美の皿に忍び寄り、ハンバーグを一切れ、掠め取っていた。
「……ハンバーグじゃない、チーズを食べただけ」
「ハンバーグの中にチーズが入ってんだよ〜」
 嬉しそうに『チーズ』を食べるルゥリィをにらみつける春美。
「あ〜、ルゥリィちゃんばっかりずるい〜。みーくんみーくん、ボクにもボクにも!」
「お前にやったら俺の分がなくなっちまうだろ」
「みーくんのどけちっ、かいしょーなしっ」
「なんでそうなる……」
 かりんの食い意地が張っているのはいつものことであり、これぐらいの騒がしさでは優
佳も目くじらを立てるようなことはしないのだった。
「ったく、アンタたちは相変わらずね〜。ところで、明日はお休みなんだけど、マリーちゃ
んはどうするの? あたしは早紀と出かけてくるから、お昼も夜も食事はいらないからね」
「あ、はい。わかりました。お休みですか……、特に何も考えてなかったですね〜。春美
さんはどうするんですか?」
「そうだなあ……、たまにはデートでもするか」
「へ?」
「へ、ってお前なあ。普通の彼氏と彼女なら、休みの日はデートをするものなんだぞ」
 まあ、マリーは普通の女の子ではないのだが。
「それに、マリーは働きすぎなところもあるからな。休日ぐらいはゆっくり休んでもらい
たいって気持ちもあるし」
「春美さん……」
 春美を見つめるマリーのまなざしが熱っぽくなっている。
「なんか、目の前で堂々とデートの相談をされるとムカつかない? ルゥリィちゃん」
「うん、二人だけでやってろ」
「??? よくわかんないけど、みーくんのハンバーグは食べてもいいよね?」
 ひとり、空気を読めない子のかりんだった。


 そんなわけで翌日。
 ゆー姉は昨日の宣言通りに朝早くから出かけていった。ルゥリィは朝食を食べたら、いつ
のまにか姿を消していた。きっと、近所の猫たちと遊んでいるのだろう。ちなみに、かり
んはもちろん学校である。
「それじゃ、俺たちも出かけるか。マリーはどこに行きたい?」
 マリーはアニメが好きだから、アニメショップとかだろうか。
「えっと……それじゃあ、公園に行きませんか?」
「……公園?」
「はい」
「……ま、いっか」
「はい♪」
 マリーが行きたいっていうんだからな。何も特別な場所に行くことがデートってわけじゃ
あないからさ。
 戸締りを確認して、俺とマリーは並んで歩き出した。
 六月は梅雨の時期だけど、今日は天気の良い日で散歩日和ともいえる日差しだ。街路樹
の緑が、日の光を受けて気持ち良さそうにしている。
「もうすっかり桜もなくなってしまいましたね〜」
 緑一色になってしまった桜の樹をマリーが見上げている。
「桜は春の中でも、ほんのわずかな時期だけだからなあ。この通りも『さくらシュトラッ
セ』なんて名前がついてるけど、その時期以外はどこにでもある普通の商店街だしな」
「それでも、私は好きですよ。桜だけが素敵な通りではなくて、住んでいる人たちもみん
な素敵な人たちですし。それに……春美さんにも会えた街ですし」
 真顔で恥ずかしいセリフを言われた。
「……いや、お前と最初に会ったのは、あの事故現場だからな」
 照れ隠しから、ついついそんなことを言ってしまう俺。
「うぐっ? ……その節はご迷惑をおかけしました〜」
 しょぼんと落ち込むマリー。おいおい、冗談が通じないヤツだな。
「えーと、まあなんだ、まだまだマリーの助けは必要なんだから……こ、これからも俺の
そばに、いてくれないとな!」
「……はいっ♪」


 公園に着いた。
 ……。まあ、どこにでもある公園である。
「そう言えば、ここに来たのはお花見以来かもしれません」
 なんとなくベンチに座ってのんびりしていると、マリーがそんなことを言い出した。
「そうなのか? まあ、ルゥリィはよく散歩に出かけてるが、お前はあまり出かけないな?」
「……どうせ、私はオタクでひきこもりですよ」
 なぜここで凹む?
「別にお散歩がキライってわけじゃあないんですよ? ただ、ひとりで出歩いてもつまら
ないな〜と思いまして。だから、今日は春美さんがいっしょで嬉しいです」
「そう言ってもらえるとこっちも嬉しいけどな。でも、どうせだったら桜が咲いてる頃だっ
たらよかったよな。さすがに六月じゃあ桜は咲いてないし」
 俺が言うと、マリーはにっこりと微笑んだ。
「桜なら、ほら、ここに」
 マリーの手のひらには、桜の花びらが乗っていた。いや、手のひらだけじゃない。いつ
のまにか、辺りは桜でいっぱいになっていた。
「ちょ、またお前は魔法を……!」
「いいじゃないですか。ここは厨房じゃありませんし。それに、春美さんとのはじめての
デートなんですもん、オマケしてください♪」
 そんな風に嬉しそうに言われると、そんな気がしてくる。ったく、しょうがないなあ。
「それにしても、お前ってなんでもアリだよなあ」
 桜の時間を巻き戻して、とかそんな感じなんだろうな、よくわかんないけどさ。
「魔法使いですから。でも、今からするのは女の子なら誰でも持っている魔法ですよ」
 そう言って、マリーはさくら色のくちびるをゆっくりと俺のくちびるに押し付けた。
 それは、やわらかくてあたたかい気持ちになる、さくら色の魔法だった。



 おわり