「涼宮茜 in すかいてんぷる」(君が望む永遠)

「いらっしゃいませ!すかいてんぷるへようこそ!!」
 お店にやってきたお客様に、私は心からの笑顔で応対する。
 この『すかいてんぷる』で働くようになって、早1週間。ようやく仕事のコツも掴めて
きたと思う。
 ウェイトレスという仕事に興味を持ったのは、ある先輩がきっかけだった。
 どうしてあそこまでお客様に尽すことが出来るのか?
 私の憧れである速瀬水月先輩と一緒のことをすれば、先輩に一歩でも近づくことができ
るのではないか。
 そう考えた私は、お兄ちゃんのバイト先の『すかいてんぷる』を選んだ。別にどこでも
よかったし、それならお兄ちゃんのいるところの方がおもしろいかなって思ったからだ。
 もうひとつの決め手は、制服かな。可愛くて1度着てみたいなって思ってたから。
 実際に制服を着てみると、可愛いことは可愛いんだけど、結構胸元がキワドイんだよね。
 お兄ちゃんに聞いたら、似合ってるよ、って言うから悪い気はしないけど、やっぱり少
し恥ずかしい。
 ウェイトレスって大変なんだとしみじみ思ったよ。
「涼宮さ〜ん、オーダーあがりましたよ〜」
「わかりました〜」
 厨房からオーダーができたことを告げられた私は元気良く返事をする。涼宮茜は、今日
もアルバイトに一生懸命です。なんちゃって。


「ありがとうございました〜」
 現在、時間は夜の8時。夕食時とはいえ、今日はいつもよりお客さんが多い。私を含め
たフロアのスタッフは大忙しだ。
「茜ちゃん大丈夫? 今日は随分お客が多いから忙しくて大変だと思うけど、疲れてない?」
「あ、お兄ちゃ……じゃなくて、鳴海さん。大変だけど、大丈夫だよ。日頃から水泳で鍛
えてるもん」
 お兄ちゃんが、私が疲れてるのかどうか心配だったみたいで話し掛けてくれた。
 お兄ちゃんってのは、鳴海孝之さんのこと。3年前、私のお姉ちゃんとつきあっていた
時からの呼び名だ。ずっとお兄ちゃんが欲しいと思っていた私は、お姉ちゃんがつきあい
だしたと聞いた時から『鳴海孝之』という人の事が気になっていた。お姉ちゃんがすんご
くうれしそうに鳴海さんのことを話すものだから、どんな人なのかな〜って。
 実際に実物を目にして私の淡い期待は裏切られたんだけど、悪い人じゃなさそうだった
から、まあいいかなって思った。この人が私のお兄ちゃんでもいいかなって。
 はじめての出会いから3年経った今でも、私は鳴海さんのことをお兄ちゃんと呼んでい
る。3年の間にはいろいろあったけど、それでも私は鳴海さんのことをお兄ちゃんと呼ん
でいる。
「ようやくお兄ちゃんって呼ぶ癖が治ってきたか? 店の中では絶対、お兄ちゃん禁止だ
からな」
 お兄ちゃんが苦笑いしながらそう言った。
 一週間前のはじめてのバイトの日。お兄ちゃんにまず言われたのは、『店の中では、お
兄ちゃんと呼ばないこと』だった。理由を聞いたら、公私混同はよくないってことだった
けどそんなのはタテマエで、お兄ちゃんと呼ばれるのが恥ずかしいからに違いない、と私
は思っている。
「そりゃ、1週間も経てばね〜。今までず〜っと呼んでた呼び方を変えるのは大変だよ。
鳴海さんだって私のことを茜様と呼べって言われたら困るんじゃない?」
「そりゃ困るけど、困るの意味が全然違うだろ」
「それもそうだね。てぃひっ」
 何を言ってるんだか、とお兄ちゃんにこつんと頭を叩かれた。可愛い義妹になんてこと
を。お姉ちゃんに言いつけてやろうかしら。
「ちょっとそこの糞虫と乳臭いガキんちょ! 何この忙しい時にベラベラとしゃべくって
んのよ。働け! この給料泥棒が!!」
「お兄ちゃんとほんのちょっと話をしてたら、いきなり野獣に吠えられた。この野獣の名
前は大空寺あゆ。お兄ちゃん曰く、『すかいてんぷるの”核弾頭”』。はじめは大げさな
あだ名だな〜と思ってたけど、今ではそれ以上に的確な表現はないんじゃないかってぐら
い。この国には『非核三原則』ってのがあるんだから、核兵器保有しちゃいけないはず
なのに。それに乳臭いガキんちょって何よ。自分の方こそちんちくりんのくせにさ」
「……アンタ、さっきから何のつもりか知らないけど、思いっきり聞こえてるわよ」
 核兵器がしゃべった。
「あ、しまった。つい本音が。てぃひっ」
「まあ、茜ちゃんの言う事はもっともだが、そろそろ仕事に戻ろうか」
「はい!鳴海さん」
 私は元気良く返事して、ちょうどお客様に呼ばれたのでオーダーを取りに行った。その
直後、
「おまえらなんて、んがっ、へほのふんほふへ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ!!」
という奇妙な叫びが店内に響き渡った。お兄ちゃん、ないすっ!


 それから1時間ぐらい経って、ようやくお店も普段の落ち着きを取り戻したようだった。
なんとかディナーは乗り切ったかな。さすがに疲れた〜。
「お疲れ様です、涼宮さん」
 そう話し掛けてきたのは、この『すかいてんぷる』橘町店店長の崎山健三さん。なかな
か渋くてかっこいい。それにすごくいい人なのだ。
「今日は普段よりもお客様の入りが多くて大変ではありませんでしたか」
「そうですね……確かに大変でした、けど……」
「けど?」
「忙しいからこそ、働いてるんだな〜って実感できました」
 私がそう答えると、店長はにっこり笑って、
「そうですね」
と言ってくれた。
「今日は少し早いですが、もうあがってもらって構いませんよ。あとは、鳴海君と大空寺
さんにおまかせすれば大丈夫でしょうから」
 店長がそんな優しい言葉をかけてくれたとき、


がっしゃ〜〜〜〜〜〜ん


という音が店内に響き渡った。
「ああ〜、またやっちまいました〜〜〜〜〜〜」
「まゆまゆ大丈夫?ほら糞虫、あんたの出番よ」
「玉野さんけがはない?お前も手伝えよ、大空寺」
……………………………………………………
「私、お手伝いしてきますね」
「お願いします」
 私は店長にそう告げると、ほうきとちりとりを持って現場へと急行した。
 まだまだ今日という日は終わりそうにないみたいだった。


「ありがとうございます〜、涼宮さん〜」
「いえいえ、困ったときはお互い様ですよ〜。それに、私がはじめてお皿割ったときは玉
野先輩が片付けを手伝ってくれたじゃないですか。あのときは本当に助かりました」
 ざっざっとほうきで割れたお皿を片付ける。
「お礼なんていいですよ。先輩として当然のことをしたまでです。……先輩?」
 ちりとり役の玉野先輩の動きが止まった。
「玉野さんのことですよ。私より先にバイトに入ってたんですから、『先輩』じゃないで
すか」
「先輩、だなんて……恥ずかしいです。でも……ちょっと嬉しいです」
 玉野先輩はちょっとおっちょこちょいなとこもあるけど、いつも一生懸命で元気な人。
その前向きな姿勢は見習いたいと思う。
「まゆまゆ〜、チチクサ〜、それが片付いたら洗い物お願いね〜」
「御意っ!」
 玉野先輩は元気良く返事した。チチクサって……もう怒る気力もないよ。早いとこ洗い
物をすませたほうがいいなあ。そう思った私は急いでゴミを片付けて、玉野先輩と洗い物
をはじめた。
 いつもよりお客さんが多かったせいで、洗い物の量はハンパじゃなかった。玉野先輩と
手分けして片っ端から洗う。
 ゴシゴシゴシゴシゴシゴシゴシゴシゴシゴシゴシゴシゴシゴシゴシゴシ…………。
 途中で急に水道の水が出にくくなったので、蛇口をもっと開いてみた。……出ない。お
かしいなと思い、もっと開いてみると、


がきん


という音と共に蛇口が外れ、大量の水が私に襲い掛かってきた!
「うわわわわ〜〜〜〜〜!!!」
 あわてて、水道の蛇口を押さえつける私。
「た、大変です!一大事です!!た、孝之さ〜ん!!!」
 その声を聞きつけてやってきた鳴海さんが、蛇口を手馴れた様子で直してくれた。
 あとで聞いたところに寄ると、その水道の蛇口は以前から調子が悪くて、いっぱいまで
開くと外れてしまう、とのことだった。みんなは知ってたみたいだけど、まだバイトに入っ
て1週間の私は知るはずもなく、今回の事態を招いてしまったのだった。
「大丈夫、茜ちゃん。災難……だった……ね」
 なぜかお兄ちゃんは途中で私から目をそらした。怪訝に思っていると、
「水もしたたる……ってやつかしら。ふふふ」
 まるでどこかの財閥のお嬢様のような口調で大空寺先輩が言うので、私は自分の姿を見
てみた。
 きっかり10秒後。
「きゃあああああああーーーーーーーーーっっっっっ!!!!!!」
 今日、店の中に響き渡った音の中でも、最も大きな音が計測された瞬間だった。


 10分後。
 私は更衣室の中で、ひとり悩んでいた。
「替えの下着がない……」
 いつもなら替えの下着は常備しているのだけど、今日はここに来る前に水泳部の練習が
あったため、すでに使ってしまっていたのだ。
 このまま濡れたままの下着をつけているわけにもいかないし、かといって履かない訳に
はいかないし。
 悩みに悩んだ末に私が手に取ったのは。
 あの体育の授業でおなじみの、紺色のブルマーだった……。


なお、当たり前のことですが、このお話はもちろんフィクションで、
実在の団体や「君が望む永遠」本編とはまったく関係ありません。
……多分。おそらく。


あとがき


PCゲーム「君が望む永遠」のSSです。
涼宮茜の聖誕祭記念です。
あくまでゲームのキャラクターのみです。〜エンド後というわけではないので、
あしからず。
それではまた次の作品で。


2003年10月20日 涼宮茜たんのお誕生日