「7月7日」(マブラヴ)

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7月6日(雨)


明日は7月7日だ。
みんなにとっては7月7日=七夕なんだろうけど、わたしにとってはもうひとつの意味が
ある。
1年に1度だけの特別な日。
どんな日になるんだろう。
いいこといっぱいあるといいな。
でもひとつ不安なことがあるよ。
お天気。
天気予報では明日は雨。
今日が雨なのはしかたないとしても、明日は晴れてくれるといいな。
だって、毎年七夕は雨なんだよ?
1年に1度だけの特別な日ぐらい、晴れてくれてもいいじゃない。
そうだ!
てるてるぼーやだ!
てるてるぼーやを吊るしておけばいいじゃん。
そう思って、一生懸命てるてるぼーやを作った。
…………できたっ!
急ごしらえにしては良い出来だった。
わたしは早速てるてるぼーやを自分の部屋の窓の外に吊るした。
「何やってんだ、純夏?」
てるてるぼーやを吊るしていると、声をかけられた。タケルちゃんだ。
「てるてるぼーやを吊るしてるの。明日晴れますようにって」
「……てるてるぼーや?てるてるぼーずの間違いじゃないのか」
「いいの。てるてるぼーやのほうがかわいいでしょ」
「ま、いいけどな。どっちにしたって明日は雨だろうし」
「そんなのまだわかんないじゃない。みてろー、てるてるぼーやの力を」
明日は絶対に晴れるんだから!

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っと、こんなところかな。
わたしはいつものように日記を書き終えた。
しかしタケルちゃんもひどいなあ。絶対てるてるぼーやの力を信じてないよね。
明日になればその力にタケルちゃんも驚くことになるだろう。ふふん。
わたしはてるてるぼーやに全てを託して眠りについたのだった。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
そして翌朝。目が覚めてすぐに窓の外を見たわたしは目が点になった。


「どこまでも澄みきった青空。照りつける直射日光。波のせせらぎ。……うーん、夏だね
え」
「おい」
「子どもたちの騒々しい声も、カップルのいちゃつく声も、夏だねえ……」
「お〜い」
「お祭りに浴衣、花火大会。夜店の金魚すくいに射的。屋台のドネルケバブにたこやき。
どこからどこまでも夏だねえ…………」
「バカ?」
カチン!
「バカって言った方がバカなんだよっ!」
わたしの言葉を聞いて、タケルちゃんはふぅと溜息を付いた。
「じゃあお前のほうがバカだな。だって今2回もバカって言っただろ」
「くっ……タ、タケルちゃんだって今2回言ったー」
わたしは悔しさに拳をふるわせながら言った。
「わかったわかった。いいから、そろそろ現実に戻って来いよ」
わたしとタケルちゃんはマイルドクルー横幅に来ていた。ある人いわく、『夏のにおいを
感じることのできない室内型リゾート』らしい(ある人ってだれ?)。
そう。わたしたちは屋内プールに来ているのだった。なぜなら、外は土砂降りだから。


目が覚めてすぐに窓の外を見たわたしの目に飛び込んできた光景は、すごい勢いで降り
注いでいる雨と、その雨によって原形をとどめていないてるてるぼーやだった。
やっぱりな、と言って笑うタケルちゃんをどりるみるきぃぱんちで黙らせ、なかば無理矢
理ここへ連れてきたのだった。


「いーじゃない。少しぐらい夏のイメージトレーニングしてたって。誰に迷惑かけるわけ
でもないし」
「俺に迷惑かけてるだろ」
「タケルちゃんは他の人とは別だよ」
「俺は一緒にしてくれてもいっこうにかまわないんだが。つーか一緒にしろ」
やれやれしかたないなあ〜。それじゃタケルちゃんの相手をしてやりますか。
「それじゃあタケルちゃん、泳ぎに……って何見てるのよ」
タケルちゃんの視線はわたしではなく、わたしの肩越しに何かを見ていた。振り返って見
ると、そこにはきわどいハイレグのお姉さんがいた。タケルちゃんの視線はお姉さんのハ
イレグ部分に釘付けだ。
「……ヘンタイだね」
ヴォグゥ!!
「んがっっっ!!!」
ザッパーーーーーンッッッ!!
どりるみるきぃぱんちふぁんとむをタケルちゃんにぶちこんだわたしは、ひとりでマイル
ドクルー横幅名物のウォータースライダーへと向かった。ふんだ。水でもかぶって反省す
ればいいんだ。隣にわたしがいるのに、他の女の子に目が行くなんて失礼だよ……。


あ〜、気持ちいい〜。
やっぱり室内プールといったらウォータースライダーだよね。このジェットコースターみ
たいなスピード感はたまらないよ。
せっかく来たんだし、タケルちゃんにも味わってもらおう。あ、タケルちゃんだ。
「おーい、タケルちゃーん」
「んあ?……なんだ純夏かよ。やっと戻ってきたか」
「うん。ねえねえタケルちゃんもウォータースライダー乗ろうよ〜。すっごいおもしろい
よ」
「戻ってくるなりそれかよ。やっぱり純夏は純夏だよな」
なにそれ、どういう意味。もしかしてタケルちゃんバカにしてる?
「別にバカにしてるつもりはねーよ。お前はお前だってことだ」
「なんかよくわかんないけど。ところでタケルちゃん何してたの」
「ああ。お前にプールに落とされてから、美人のお姉さんに助けてもらったよ。人工呼吸
のオマケ付き。それからそのお姉さんと楽しく過ごした。お姉さんは用事があるっつーん
でさっき帰ったとこだ。いやー、いい人だった。どっかの誰かとは大違いだ」
え?……うそ、だよね?
「連絡先も教えてもらったし、今年の夏は楽しくなりそうだぜ。ははははは」
タケルちゃんが他の女の人と……え?え?
「…………なーんてな。何信じてるんだよ、バーカ」
タケルちゃんは呆れ顔だ。
急にそんなこと言われたらびっくりして冷静に考えることが出来なかったんだよ〜。
「純夏を待ってたんだよ」
…………え?
「……もう1回言って」
「二度と言わねーぞ。……純夏を待ってたんだよ」
「ほんと?」
「ああ」
「ほんとにほんと?」
「しつこいぞ」
…………えへへへ。まいったなー。どうしてかわからないけど、うれしいよ〜。
「ゴメンね、タケルちゃん。おいてけぼりにして」
「いいよ。気にしてねーからさ」
時々タケルちゃんってやさしいよね〜。いつもこうだといいんだけど。
「んじゃあ、行こうぜ」
「うんっ!」
わたしは幸せいっぱいに頷いたのだが。
タケルちゃんの歩いていく方向はウォータースライダーの方向とは違っていた。
あれれ?
「タケルちゃん、そっちは方向が違うよ?」
わたしにとっては当然の疑問だったが、タケルちゃんはこう言った。
「何言ってんだ。こっちにしか売店はねーだろ?」
は?売店??
「財布役のお前がいないことには買い食いもできないからなあ。ほんと待ちくたびれてハ
ラペコだぜ」
「財布役?」
「そう。財布役。なにしろ無理矢理連れてこられてきた身。当然、飲み食いはおまえ持ち
だろ」
さーて、何を食おうかな〜なんて言いながらタケルちゃんは歩いていった。
「やっぱり、タケルちゃんはタケルちゃんだね……」
わたしは呆れたまま、しばらくそこに突っ立っていたのでした。

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コンコン
「………………」
コンコン、コンコン
「………………………………」
おかしいな〜、気が付いてないのかな。……よし、これでどうだっ!
わたしは手近にあったソレを投げつけた。タケルちゃんの部屋の窓めがけて。
すると、ちょうどいいタイミングで窓が開いて、ソレはタケルちゃんにクリティカルヒッ
トした。
「……ててて。いってーな!何すんだよ!!ん?国語辞典??んバカか、てめえはっ!!
こんなもん投げたらガラスが割れちまうだろがっっ!!!」
タケルちゃんが怒りながらソレを投げ返してきた。
「あ、ははは〜。ごめんなさい。気づいてないかと思って」
「気づいてないからってこんなの投げるかね、普通」
タケルちゃんは呆れていた。
「まーまー、それより今日は楽しかったね」
「ん?」
「マイルドクルー横幅だよ。今シーズン限りなんだもん。どうだった?」
「あー。あのたこやきは絶品だったなあ。思い出すだけでもよだれが出てくるぜ。それに
お好み焼きもだ。味はそれほどでもないが、あのボリュームで200円とは信じられんよ
なー。あの店あんな値段設定でやっていけるのかって心配しちまうぜ」
「いや、そっちじゃなくて」
「んん?あー、金魚すくいのほうか。俺の腕前をもってすりゃちょろいもんだった。店の
おやじ、泣いてたからな。かわいそうになって、獲った金魚全部返してやったもんな。ま、
持って帰っても育てられないということもあるが」
「……タケルちゃん」
「なんだ?」
「やっぱり、タケルちゃんはタケルちゃんだね……」
わたしはしみじみと今日2回目になるセリフを口にした。
「ところで、今日は何の日か知ってる?」
これ以上この話を続けてもしかたないので、話題を変えることにする。
「今日は7月7日だから……七夕だろ?」
「……そうだね。他には?」
「何だっけ?」
じとーーーーーーーーーー。
「冗談だよ。純夏の誕生日だ。おめでとう」
「ありがとう」
「…………」
「それだけ?」
「誰か他に誕生日のやつでもいたっけ?」
……そうだった。タケルちゃんはこういう人だった。ガクリ。
気を取り直して、と。
「今年も雨だったね〜」
「毎年のことだからなあ。そういや天の川って見たことないよなあ。純夏は見たことある
か?」
「言われてみるとないかも。あ、ねえねえ、織姫と彦星ってわたしたちみたいだね」
「そうか?織姫と彦星は年に1回、七夕の日に天の川をはさんでしか逢えないんだぞ。俺
たちは違うだろ。毎日こうやって家と家のほんの少しの隙間をはさんで逢うことができる
んだからな」
「そうか。じゃ、毎日が七夕みたいなもんだね」
「それはどうかと思うが、まあそういうこった」
「ってことはー、毎日が7月7日。つまり毎日がわたしの誕生日。……タケルちゃん!」
「な、なんだよ」
「明日はプレゼントよろしくー」
「………バカ?」
むかっ。
「バカって言った方がバカなんだよっ!」
七夕=わたしの誕生日なんだから、この論理は完璧じゃない。
「じゃあ、お前は毎日年を取っていくわけだ?」
え?
「だってそうだろ〜。誕生日に年を取らないヤツなんていないもんなあ」
……しまった。そこまで考えてなかったよ……。
「てことはあれだ。来月にはお前はおばさんで、再来月にはおばあちゃんか。……俺には
なぐさめの言葉もかけられねーよ」
よよよ、とタケルちゃんは大げさに泣き真似をした。
「うるさいなー、もういいよ。それじゃおやすみっ!」
「あ、ちょっと待てよ。プレゼント欲しくないのか」
プレゼント?
むかっとしていたわたしの気持ちはその言葉で元に戻った。
「何かくれるの?」
「ああ、目を瞑って手をこっちに出せ。……もっとこっちに寄れ。……よし、動くなよ」
わたしはタケルちゃんの言う通りにした。
わー、何をくれるんだろう。どきどきするよ〜。
わたしは手のひらに神経を集中させていた。


ちゅっ


「わっ」
「そんじゃ渡したからな。おやすみー」
ガラガラー、ピシャ。シャッ。
窓を閉める音、カーテンをひく音が聞こえた。
わたしは一瞬何が起こったかわからなかったが、すぐに理解した。
思わず唇を手でなぞる。
確かに唇にはその感触が残っていた……。

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……なんてね。
わたしは日記を閉じながら呟いた。
ちょっとだけ脚色しちゃった、へへへ。
今日は貰えなかったけど、クリスマスには貰えるかな。
タケルちゃんは約束しても守ってくれないけど、でも……。
ちょっとぐらいは期待してもいいかな。
だって……。
これからも、わたしとタケルちゃんはずーーーーっと一緒なんだもんね!!


あとがき


PCゲーム「マブラヴ」のSSです。
ヒロインの鑑純夏の聖誕祭用です。
いろいろ調べて書いているうちに、純夏への想いが強くなっていることに気づく(笑)。
やっぱり純夏っていいですよね〜。
それではまた次の作品で。


2003年7月7日 織姫と彦星の日