はぁはぁ

 はぁ、はぁ、はぁ。
 視線は虚ろで、意識は朦朧として、自分が立っているのか
それとも座っているのかもわからない。
 『呼吸』という普段当たり前のように出来ていることが
出来ないだけで、こんなにも人は変わってしまうものなのか。
 俺は授業中にも関わらず、板書を書き写すこともせずに、
ただひたすら時が過ぎるのを待つのだった。


「あの〜、大丈夫?」
 昼休み。屋上で愛佳と一緒にお弁当の時間だ。
 朝からずっと苦しそうな俺を、愛佳は気遣ってくれる。
「ああ、だいじょぶだって」
 口ではいくらでも言えるが、実際はかなりツライ。
 昨日から急に鼻の調子がおかしくなり、風邪でも
引いたのかと思ったのだが、熱を測ってみると平熱だった。
 風邪なのかどうなのか判断がつかないが、とにかく今の
状態を抜けられるのなら、タマ姉にだって魂を売っても
いいかもしれない……、とほんの少しだけ思った。
「たかあきくん、さっきからずっとはぁはぁしてるし…」
 なんかその言い方はあやしいぞ、愛佳。
「他にあたしに何か出来ることがあればいいんだけど」
 そう言って、愛佳はお弁当のおかずをつまんで、俺に
差し出してくれる。
 あ〜ん、ぱくり。
 いつもなら到底恥ずかしくて出来ないことが、今日は
すんなりと出来てしまう。
 頭がぼんやりしているせいか、あまり周りのことが
気にならない。いや、気にする余裕がない。
 俺が素直にお弁当を食べているのがうれしいのだろう、
俺を心配しながらも愛佳はうれしそうな笑顔だった。


「やれやれ、見せ付けてくれるわね〜タカ坊?」
「大丈夫?タカくん」
「……あれ、タマ姉にこのみ。いつからそこにいたんだ?」
 ふと気が付けば、タマ姉とこのみが目の前にいた。
 いつものようにレジャーシートを敷いて、仲良く
お弁当を食べている。
「いつからって、私たちのほうが先にいたんだけど」
「そうだったっけ?」
「そうですよぉ〜。たかあきくん全然気づかないんですから」
 愛佳に聞いてみると、そういうことらしかった。
「まあふたりの微笑ましい様子が見られたからいいけどね?」
 冷やかすようなタマ姉の声に、愛佳は首筋まで真っ赤に
なっていた。


「でもタカくん。さっきからずーっとつらそうだけど、ほんとに
大丈夫なの? 保健室で休んだほうがいいんじゃ……」
「そうよタカ坊。無理するのはよくないわよ」
 それは俺もわかってはいるのだが、愛佳との時間を少しでも
たくさん作りたいから、とは口が裂けても言えなかった。
「平気平気。ちょっと横になればよくなるから」
 俺がそう言って横になろうとすると、
「じゃあ、タマお姉ちゃんが膝を貸してあげるから、ここに
頭を乗せなさい」
 タマ姉が自分の膝を指差した。


 そ、そんな恥ずかしいこと、できるかーっ!


「いやなんだ、タカ坊……」
 俺のいやそうな表情を見て、タマ姉が表情を曇らせる。
「じゃあ、小牧さんの膝枕ならいいのかしら?」
 曇らせたと思ったら、ころっといつものニンマリ笑顔を
浮かべてタマ姉は言った。
「あ、あ、あたしですか??」
 突然話を振られて驚く愛佳。
「あ、その、膝枕がいやってわけじゃないんですよ?……なのよ?
たかあきくんなら……ってあたし何を言って……はぅ〜」
 軽くパニックになる愛佳は、いつもと同じだった。


「じゃ、じゃあ……ど、どうぞ」


 は?
 愛佳は顔を真っ赤にしながら、自分の膝を差し出してきた。
「えっ、あっ……い、いいの?」
「は、はい」
 どっくん、どっくん、どっくん、どっくん。
 なんか心臓が急にばくばくしてきた。
 ごくり。
 思わずつばを飲み込む。
 愛佳の膝枕。あのやわらかそうなふとももに、俺の頭が……。
 愛佳を見ると、目をぎゅっと瞑ってふるふると震えている。
 そんなに緊張されると、こっちは逆に落ち着いてくるな。
 俺はそーっと指を伸ばして、愛佳の膝小僧をつっついてみた。
「わひっ?」
 びくん!と跳ねる愛佳。
 それでも懸命にガマンしている愛佳。
「イタズラしてんじゃないの」
 ゴツン
「いてっ」
 タマ姉に怒られた。
 しかたなく、俺は普通に愛佳の膝に頭を乗せようとした。


 きーんこーんか−んこーん


 その時、昼休みが終わりのチャイムが鳴り響いた。
 はぁっ?
「おしかったね」
 タマ姉が俺の肩をぽんと叩いた。
「ちょ、ちょっとだけ残念だったかも……」
 愛佳はというと。
 安心したような残念なような微妙な笑顔を浮かべていた。 






おわり





自分の身体状態からSS錬成してしまいました。
ほんとに大丈夫なんでしょうか(ぉ
鼻がつまって呼吸ができないとほんと何やりはじめるか
自分でもわかりませんよ(笑