「天罰覿面」(夜明け前より瑠璃色な)(エステル・フリージア)
夏真っ盛りの八月のある日。俺、朝霧達哉はいつものように月人居住区に向かっていた。
今年は梅雨が長引いたので例年よりは涼しい日が続いていたが、先日待ちに待っていた
梅雨明け宣言が出されてからは、連日のように真夏日となっていて、毎日のように今年の
最高気温を更新していた。
「ふう、こりゃ、エステルさんの機嫌もよくないかも」
エステル・フリージア。月からやってきた司祭様。満弦ヶ崎の礼拝堂に赴任してきたこ
とがきっかけで彼女と知り合ったのは、まさに奇跡ともいえる偶然だった、と俺は思う。
彼女は月人である。ホームステイしているフィーナやミアも月人であり、暑さには多少
弱いところがあるが、エステルさんは特に辛いらしい。
だが、それを表情には出さないのがエステルさんであり、俺の前だけで見せてくれる表
情であることは、嬉しいことだ。
「きっと、今日も文句を言われるんだろうな」
そんなことを考えながら歩いていたら、礼拝堂に着いていた。
この時間ならエステルさんは礼拝堂の掃除をしている頃だろうか。そう思って、扉に手
をかけた時、声が聞こえた。
「貴方に天罰、与えます!」
なんだか、物騒なセリフが聞こえたような……。
俺は、そうっと扉を開けてみた。
そこには、
「神社の巫女さんのような格好をしたエステルさんが、鈴を振り回しながら聖なるピコピ
コハンマーを振るっていたのです!!」
「な、何を言っているのですか、達哉はっ!」
ピコン☆
駆け寄ってきたエステルさんによる一撃で、俺は正気を取り戻した。
「あれ、エステルさん。なぜここに」
「それは私のセリフです。というか、なぜ記憶が飛んでいるのですか……」
呆れながら苦笑するエステルさんだった。
「練習、ですか?」
「はい。この夏に開催されるお祭りで、私がみなさんの煩悩を祓う事になりました。教団
ではそういう仕事をする人は他にいるのですが、ぜひにとお願いされてしまいまして」
まあ、エステルさんなら優秀だから、畑違いの仕事でもしっかりこなすのだろう。現に、
今も練習していたわけだし。
「それより、……その、変ではありませんか?」
「何がです? よくお似合いですよ」
俺はまじまじとエステルさんを見る。普段の教団の制服に身を包んだエステルさんも素
敵だが、白装束のエステルさんもまた素敵だ。エステルさん、蕩れ。
「えいっ」
ピコン☆
「あの、どうして今叩かれたんでしょうか」
「達哉の煩悩を祓ってあげたんですけど?」
ニヤリと笑うエステルさん。
「そんな、煩悩だなんて。素敵だなって思う気持ちは煩悩ではなく、もっと崇高なものだ
と思います。煩悩って言うのは、エステルさんもしかして今下着をはいていないのかなー
とかそういうことを考えることですよ?」
「ててて天罰!!」
ピコン☆ピコン☆ピコン☆ピコン☆ピコン☆ピコン☆
俺は、何度も何度もエステルさんに煩悩を祓われた。
「天罰覿面とは、こういうことを言うのですね♪」
「いえ、どう考えてもエステルさんの私怨だと思いますが」
「何か文句でも?」
にっこりと微笑むエステル大明神の笑顔に、俺は沈黙せざるをえなかった。